医療機関で気体の放射化物のリスクを気にする必要がありますか?

生成する濃度が限度に比べて十分に小さいのでリスクは小さいと考えられます。

Q.中性子で気体も放射化すると思うのですが、危なくないのですか?


空気の放射化


加速器の運転に伴い発生する中性子などにより、空気が放射化されることがあります。空気の放射化は内部被ばくや外部被ばくを引き起こします(サブマージョンによる曝露もある)。
そのリスクは法令に基づき制御することが求められることから、施設中の空気中濃度限度や施設外への排気中の濃度が法定限度を超えないように管理方法をあらかじめ決めておく必要があります。

空気中に生成される放射化核種による放射線の線量の評価


そこで、医療機関でよく使われている加速器の使用に伴う中性子による空気中の放射化アルゴンの生成とその被ばくの放射線管理ルールの整備の必要性を明らかにするために、空気中に生成される放射化核種による放射線の線量の評価を試みました。

安全評価の対象者

・加速器施設の作業従事者や一般職員
・加速器を設置している施設に隣接している公衆

Ar-41の生成量評価

加速器使用に伴う空気の放射化で考慮すべき核種は、既存の放射線管理マニュアルに記載があります 。
エネルギーや光核反応を起こす核種などに依存しますが、生成されうる主な核種は、
N-14(n,2n)N-13
O-16(n,2n)O-15
O-16(n,p)N-16
Ar-40(n,α)S-37
Ar-40(n,p)Cl-40
Ar-40(n,γ)Ar-41
が考えられます(10 MeVを超える高いエネルギーの治療用加速器のビーム内では光核反応による生成も相対的には大きくなる)。
医療用小型加速器の場合に、この中で線量に最も寄与するのは、アルゴン(空気中の濃度が比較的高く、その存在そのもののRIが関係している)の放射化です。
空気中のアルゴンは主として(n,γ)反応により放射性のAr-41となります。
空気を容器に密封するだけで小型サイクロトロンのターゲット付近ではAr-41が検出されるので計測は容易です。
加速器室のエリアモニタを解析すると、Ar-41生成量を推計することができます。
Ar-41の空気中濃度限度は、作業環境と一般環境のそれぞれに対し定められています。作業環境で1×10-1 [Bq/cm3]で、一般環境では5×10-4 [Bq/cm3]です。
作業環境のAr-41は作業従事者のサブマージョン被ばくに関係し、それを一般環境に排気することにより一般職員や公衆が曝露します。

文献をもとにした検討

医療用小型加速器の使用に伴って発生するAr-41の濃度を測定し、濃度限度との比較を行っている発表 [1], [2] を検討しました。ターゲット付近では、0.62×10-1Bq/cm3であったとされます。これでも、作業環境の法定管理基準は下回っていますが、排気の許容基準に比べると120倍程度になっています。また、ターゲット側面から1 m 離れた場所では、室内濃度限度に対しては0.07倍ですが排気の基準に比べると14倍程度になっています。小型サイクロトロン運転室内では排気濃度限度の10倍程度のAr-41が検出されることがあります。しかし、排気中の濃度は希釈効果により十分に濃度限度を下回ります。
また、アルゴンを400 mmHg封入した容器を用いるとあらゆる加速器で空気中のAr-41が検出できるとされていますが、治療用リニアックでは1Gy中、中性子による線量は、ビーム中心で2.5 mSv、照射野の端から20 cmで0.55 mSv、50 cmで0.37 mSv、50 cmで0.22 mSvとわずかであり(もっとも中性子の線量は、条件、加速器等による異なる)、ビーム中心での照射中の中性子フルエンスは4.7×105/cm2に過ぎず、通常の治療用加速器では空気の放射化は無視できます。
なお、この文献では、この論文ではフィルターでAr-41が除去できるように記載されていますが、それは妥当ではないと思われました。

計算による検討

空気の放射化による空気中放射能濃度は、次式により導けます 。
R = λ / (λ+α) * N Φ σ[ 1 – exp { – (λ+ α) t } ]

R : 空中放射能濃度 ( Bq/cm3 )
λ : 崩壊定数 ( min -1)
α : 室内空気排出率 ( min -1 )
N : 原子密度 ( atoms cm -3 )
Φ : 中性子束密度 (n cm -2 sec -1 )(中性子以外の反応ではその放射線粒子の)
σ : 反応断面積 ( cm2 atom -1 )

室内空気排出率は換気要因で決定されます。
濃度を低下させるには換気が有効です。
上述の資料では排気の方法のひとつとして、連続強制排気が挙げられています。
例えば1時間に10回空気を入れ換えるとすると、濃度は1/10に低下させることができると考えられます。
また排気をする前に治療室を密封した状態で加速器の運転後にAr-41を減衰させた後、排気をする方法も記述されています。
(高エネルギーの加速器施設では、放射化空気の施設外漏えいを防ぐために、通常は、室内を陰圧にするために、室内空気の排気運転が行われているそうです。ただし、この方法は排気中の放射能濃度を低減させるには有効ですが、室内物品の腐食を引き起こすことがあり、ここでもトレードオフ問題になるそうです(加藤和明先生のご教示による))
例えば、午前8時に運転が終わった場合には、翌日の午前5時には、濃度は3×10-4 程度に減衰します。

α : 室内空気排出率 ( min -1 )

生成されたAr-41は物理的半減期と換気により室内から減少すると考えられます。
換気による減少は、1時間あたりの換気回数だけではなく、1時間あたりの入れ替わり割合などでも表現できるはずですが、単位時間あたり、どの程度が排出されるかでも表現できるでしょう。
毎分どの程度の割合が排出されるかを表現したのが、室内空気排出率になると考えられます。
室内空気排出率は、換気による空気中濃度半減期を用いると、
α=ln(2)/(換気による空気中濃度半減期)
としても表現できるでしょう。

公衆への影響

排気されたAr-41の公衆への影響は、集団被ばく線量を計算することにより評価できます。
集団被ばく線量は、大気拡散モデルなどを用い、空気中の濃度を求め、それを個人の線量に換算し、それに曝露人口を掛けることで計算できます。
その結果から、大型加速器施設に比べると、医療用ベビーサイクロトロンから環境に放出されるAr-41の寄与が小さいことが理解できます。
もっとも、大型加速器施設から排出されるAr-41は厳格に制御されており、公衆のリスクを過度に上昇させないことを前提に許認可が与えられていることは言うまでもありません。

江戸川区内の医療機関のサイクロトロンを仮定した場合の空気中濃度分布推計例
濃度[pSv/y]集団線量[Sv・人/y]
江戸川区7.3E-014.6E-07
東京都7.6E-029.8E-07

加速器施設の評価例
加速器施設主要加速器集団実効線量[Sv・人/y]
東北大学原子核理学研究施設電子リニアック3.5×10-3
高エネルギー物理学研究所電子リニアック9.6×10-3
東京大学原子核研究所サイクロトロン6.4×10-3

光核反応による空気の放射化

しきい値が15 MeV以下の反応はN-14(γ,n)N-13とAr-40(γ,np)Cl-39
その飽和放射能は単位ビーム出力(kW)、空気中の光子放射線の飛行長さあたり
N-13: 520×106[Bq m-1 kW-1]
Cl-39: 1.5×106[Bq m-1 kW-1]
出典:表8.24 8-4. 放射化 (2) 空気の放射化(中村尚司.放射線物理と加速器安全の工学)
15 MeVと高いエネルギーの医療用リニアックでのN-13の生成を安全側に考えて計算した例(ラフな見積もりの計算です)
壁までの制動放射の飛行長:3 m
飽和放射能係数:5.20E+08 Bq/m/kW
出力:10 kW
とすると、
4π方向にビームが照射した場合(非現実的ですが、テキストのデータがこの想定なので)
生成量: 1.6E+10 Bq(=5.20E+08×10×3) (部屋を球と仮定)
生成濃度:1.4E+02 Bq/cm3
となる。
ビームが絞られていることを考慮し、この濃度になる範囲を1 m3とし室のサイズを180 m3とすると平均濃度は0.8Bq/cm3となる。
日本医療福祉設備協会「病院空調設備の設計・管理指針 HEAS-02-2004」では、放射線部門の換気量については、各治療室や操作室いずれも、外気量2回/h、全風量6回/hとされていることから、5時間の運転を考えると、平均濃度は0.03 Bq/cm3となる。
以上から、N-13の空気中濃度は0.2 Bq/cm3なので、十分に安全側に推計してもその1/10となることがわかる。

[1] 吉村 厚、上原周三、大崎 進、坂本弘巳、入江聖義.小型サイクロトロンより発生する中性子による空気中40Arの放射化.RADIOISOTOPES,42,325-329,1993

[2] 坂本弘巳、吉村厚、上原周三、入江聖義、泉隆、齋藤高志.医療用加速器より発生する中性子の検討.九州大学医療技術短期大学部紀要.20,7-10,1993

リニアックでの中性子のデータ

Out-of-field photon and neutron dose equivalents from step-and-shoot intensity-modulated radiation therapy

空間の線量

The calculated risk of fatal secondary malignancies from intensity-modulated radiation therapy

臓器の線量(論文ではリスクも推計されている)

Calculation of effective dose from measurements of secondary neutron spectra and scattered photon dose from dynamic MLC IMRT for 6 MV, 15 MV, and 18 MV beam energies

空間の線量

臓器の線量と実効線量

Investigation of secondary neutron dose for 18 MV dynamic MLC IMRT delivery

二次中性子のエネルギー分布

(注) Lethargy:減速中性子エネルギーの対数減衰率(= lnE0/E)あたり(=横軸の一目盛りあたり)

文部科学省放射線安全規制検討会放射化物技術検討WGでの検討

気体状・液体状の放射化物の取扱いに関する調査
10 MeV照射での測定結果には慎重な解釈が必要だと思われる。
(加速される電子のエネルギーの不揃いさによるのかもしれません。なお、空気中の粉じん濃度が高い場合には、粉じんの放射化の考慮も必要だと考えられますが、医療機関では空気中の粉じん濃度も制御されており、その考慮は不要だと考えられています)

ISO TC85/SC2

新たな課題として、病院で用いられている医用加速器の施設における空気モニタリングの規格を策定することについて、国内メーカーに新しい規格の必要性について意見を聞くことになった。
(出典:米原英典.国際標準化機構(ISO)TC85/SC2(原子力/放射線防護)会合出席報告.保健物理.45(3),302-303,2010)

ヒトへの健康以外の配慮

CTBT放射性核種探知観測所のような高感度測定されている機関への配慮

I-131投与患者さんからのごく少量のXe-131mも検出しうる可能性がある。
米沢 仲四郎.放射性キセノンの測定 ─その意義と課題─

CTBTO

包括的核実験禁止条約機関準備委員会
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構 核不拡散・核セキュリティ総合支援センター

計測例

多田順一郎.陽子線治療に伴う放射化空気の放射能濃度測定における検出器の較正

記事作成日:2010/05/14 最終更新日: 2023/01/25