文献
Published 14 January 2010, doi:10.1136/bmj.b5349
Radiation exposure and circulatory disease risk: Hiroshima and Nagasaki atomic bomb survivor data, 1950-2003
目的
電離放射線が心疾患と脳卒中の死亡リスクと関連があるかどうかを明らかにする。
研究デザイン
50年以上の前向きコフォート研究
Setting
広島と長崎の原爆被爆生存者
研究対象者
Life Span Study cohortの86 611人で、それぞれの線量は0 mGyから3 Gy(86% received <0.2 Gy)と推定されている。
主要な測定アウトカム
脳卒中あるいは心疾患による死亡率と原爆による線量との量反応関係
結果
1950 and 2003年に脳卒中で9600人が死亡し、心疾患で8400人が死亡していた。脳卒中では過剰相対リスクは1Gyあたり9% (95% confidence interval 1% to 17%, P=0.02)で量反応関係が直線と推定された。しかしながら、upward curvatureがより適合する可能性があることから、低線量ではリスク係数がより低いことが示唆された。心疾患では、過剰相対リスクは1Gyあたり14% (6% to 23%, P<0.001)であり、直線モデルがもっともよく適合し、小さい線量でも過剰なリスクがあることが示唆された。しかしながら、0 to 0.5 Gyの範囲では線量-反応関係は有意ではなかった。喫煙、飲酒、教育程度、職業、肥満、糖尿病は、脳卒中と心疾患のいずれに対しても、放射線リスクの推計にほとんど影響を及ぼさなかった。また、死因の誤分類(がんを心疾患する)がこの結果を説明するとは考えられなかった。
結論
0.5Gyより高い線量は、脳卒中と心疾患のいずれのリスクも上昇させる。しかし、低線量でのリスクの程度は明確ではない。原爆被爆の放射線による 脳卒中と心疾患の過剰死亡は、原爆被爆のがんによる過剰死亡の約1/3である。
FAQ
Q.この論文の要旨の結論では、0.5Gy以上で脳卒中、心疾患ともにリスクの上昇と関連があったとあります。しかし、図1では1Gyを超えるところでも95%信頼区間が0を跨いでいる。このため、0.5Gyで有意な差があったとするのは誤りではないですか?
A.図1の垂直線で示されている95%信頼区間は各線量分類での推計されるリスクの不確かさを示しています。また、陰で示されている95%信頼区間は線量応答関係が原点を通る一次関数で示されると仮定した場合に推計されるリスクの不確かさを示しています。
心疾患に関して、0.5Gyまでは一次関数の傾きが0であるという仮説を棄却できませんが(単位線量当たりのERRが-5%から45%)が、1Gyまででは、傾きの信頼区間が0を跨いでないとされています(単位線量当たりのERRが3%から33%)。
このことから、線量応答関係の傾きが0.5Gyを超える領域では有意に正であったと述べていると考えられます(脳卒中では本文中にこの議論はないようですが)。
なお、有意な差が認められないことは、差がないことを意味するわけではありません。また、差が認められたとしても、その差に重大な意義があるかどうかは別の問題です。
Q.同じデータセットを用いても、検定法やデータの処理方法によって結果は如何様にも変わるので、統計学はあやふやな学問ではないでしょうか?
A.統計学的な解析は、変動を扱っているので解析法を変えると結果が変わる可能性があります。
不確かさを伴う以上、これは避けられない限界です。
このため、放影研の疫学研究は最初に研究計画で決めた方法で解析することで(データ取得後で検定方法を勝手に変えるのはフェアではない)、解析方法の恣意性を排除しています(第一水準のエラーを制御)。
Q.その線量における95%信頼区間がゼロをまたいでいるのに、なぜその線量に於ける傾きが正であるという結論が出るのですか?
A.ある線量カテゴリ単独の検定と各線量カテゴリをまとめた傾向性の検定では、後者の方がパワーが大きいので、関係を見いだしやすくなります。
この研究では、回帰式の傾きがゼロであることを棄却し、その線量領域から、その傾きの信頼区間の下限がゼロを超えていたのではないでしょうか。
Q.ゼロを通る線量反応関係を仮定するのは合理的ですか?
A.積極的にモデルとして採用する根拠はないとしても、それを不合理であるとして採用しない理由もありません。
そのモデルがデータと矛盾しないことがこの研究では示されていますが、もちろん、そのことはそのモデルが正しいことを保証しません。
しかし、真の関係が低線量では、リスクがごくわずかにマイナスであるとしても、それを検出するパワーを持った疫学研究を行うことは困難です。
レビュー
Low dose radiation linked to increased lifetime risk of heart disease
Tapio S, Little MP, Kaiser JC, Impens N, Hamada N, Georgakilas AG, et al. Ionizing radiation-induced circulatory and metabolic diseases. Environ Int [Internet]. 2021;146:106235.
循環器系疾患と放射線被ばくに関する医学的知見について
Overview on cardiac, pulmonary and cutaneous toxicity in patients treated with adjuvant radiotherapy for breast cancer.
Cancer Therapy-Related Cardiac Dysfunction: Unresolved Issues.
関連しそうな文献
Symptomatic radiation-induced cardiac disease in long-term survivors of esophageal cancer.
放影研報告書 No. 15-15 寿命調査集団における心臓病死亡 1950-2008
進行中の疫学研究
影響を見いだせていない例
リスク推計例(モデルを用いて予想される治療にあてはめているようです)
Late radiation toxicity in Hodgkin lymphoma patients: proton therapy’s potential.
東京電力福島第一原子力発電所事故での放射線曝露の影響で福島県での循環器疾患が増加した?
吟味のポイント
事故後に循環器疾患が増加したか?
増加しているとするとそれは循環器疾患の影響だと考えられるか?
解析ツール
地方自治体における生活習慣病関連の健康課題把握のための参考データ・ツール集(国立保健医療科学院)
総説
Michael J. Atkinson. Radiation-induced cardiovascular disease: Is it time for a new biology ?
Rafi Benotmane. Cognitive and Cerebrovascular Effects Induced by Low Dose Ionizing Radiation (CEREBRAD)
胃がんの修飾因子との関係
非噴門部胃癌の組織型別 放射線リスクにおける慢性萎縮性胃炎の修飾効果