医療分野で実効線量を使ってもよいですか?

そもそもリスク評価は、だいたいの目安を得るものなので、細かすぎる議論の意義は乏しい。ただし専門家は実効線量を用いたリスク評価には批判的であるのが大勢。一方、現場での観察では、真摯な対応ではリスクは受け入れられている。

線量ってたくさんの種類があって面倒って思われているみたいだね。
単純化したらよいのに。

専門家にはこだわりがあるので、なかなか難しいんじゃ。
この記事は一般の方向きではない。

線量を気にすべきっていうのも程度問題だと思うけど、どこから来ているのかなあ。

佐々木康人先生の「dose conscious」というスローガンの影響が大きいじゃろ。『医療放射線防護の常識・非常識』の書評にも書かれておられる。

dose consciousは何を目指すものですか?

医療従事者は放射線の線量に対して関心を払い、最適化を心がけようということじゃろ。
古賀佑彦先生もX線検査での”Get the answer campaign”を提案されておられていた(*)。
古賀先生はこの提案の意義を放射線診療でのリスク・コミュニケーションにおかれていた。つまり、医療側が患者さんの質問にきちんと答えられれば、患者さんの不安を小さくできるはずと考えられているのじゃ。
(*)古賀佑彦.リスクコミュニケーションの視点からみた診断医療の放射線被ばく.パネル討論5、第43回アイソトープ・放射線研究発表会要旨集.228, 2006

このサイトの考え方と似ているね。
実効線量は、規格化した線量指標というイメージがあるけど、それであっていますか?

そうじゃな、標準化しているので単純化してわかりやすいが、その反面、限界もあるということじゃ。

実効線量の概念がわかりやすいとは思われていないと思うけど。

臓器によって放射線感受性が異なるから、各臓器の線量を放射線感受性で重み付けするのは当たり前じゃないかな。

それはそうだ。
でも重み付け係数を決めるのは大変じゃないですか?

係数は、デトリメントで調整した単位放射線量あたりのリスクの大きさを与えるために誘導されておる。

「デトリメント」とは何ですか?

デトリメントで調整とは、放射線誘発健康イベントを重篤度で重み付けすることじゃ。
例えば、同じ致死性発がんでもがんの種類によって平均余命短縮の期間が異なるので、それを考慮することじゃ。
これらの係数は標準的なヒトを仮定したもので、厳密に考えると男女や性別では値が異なるが丸めておる。
だから、個々の放射線曝露での個人のリスクを、この係数で計算するのは、厳密には正しくないとされる。
さらに、線量線量率効果も細かく考慮した方がより正しいとも指摘されておる。

短時間X線照射とPETなどでの比較的長い時間の照射で線量率の違いを考慮する必要があると言うこと?
「歯科の検査は固い歯を調べるために胸部X線よりも単位面積あたりの線量が強い放射線を使います。
胸部X線ではビーム中心の空気吸収線量は0.3 mGy(ミリグレイ)程度ですが、歯科では4 mGy(ミリグレイ)になることがあります。
しかし、ビームのサイズが小さく実効線量は胸部X線検査の半分程度で自然放射線の5日間分程度に過ぎません。」

という説明に対して、5日間でゆっくり線量にあたるのと、それを数ミリ秒の間で受けるのでは影響が大きく違うのではないかという疑問をいただきました。

確かに、同じ線量でもそれを受ける時間の長さは生体影響の大きさを左右する可能性がある。
もっとも、放射線のリスクは原爆被爆者など短時間に放射線を曝露した集団を対象に調べられていて、それと評価したい放射線曝露の状況での線量率を考えて、線量線量率効果を考えることになるので、X線検査のように短時間の曝露であっても影響を過小評価することは考えがたい。このため、放射線防護では線量線量率効果をまるめて使っている。
そもそも小さいリスクだとどうでもよい感じもするが、精緻なリスク評価という観点からは、線量線量率効果をまるめて使うことには問題があると放射線防護の多くの専門家は考えているようじゃ。

ふ〜ん。
それはそれとして、加重係数は2つあって、放射線加重係数もあるから、混乱してしまう。

放射線生物影響は、不対電子生成による。
生成された不対電子による化学的な反応と生体の防御機能のバランスによって生体応答が決まるはずじゃから、
局所的な不対電子生成の密度が生体応答でのダメージ修復の程度を決めるという考え方で放射線加重係数が用いられておるのじゃ。

放射線加重係数は、どれだけ密接に不対電子を作るかということか。
でも、放射線は色々種類があるから複雑そうだね。

放射線診療で受けるのは、ほとんどがX線、γ線でこれらの放射線加重係数は1だ。
だから考える必要がない。

なんだずいぶん単純だな。

そもそも放射線防護のためだから、だいたいの目安で与えるものでよいのじゃ。

普通は線量なんて興味なくて、せいぜいリスクの大きさに関心があるかもしれないというところだと思うけど、リスクの推計にどうすればよいのですか?

放射線に曝露した後に個人のがん誘発確率を事後的に評価するには、臓器又は組織の吸収線量を用いることとされておる。[ICRP 103, 157項]。

各臓器のがんの確率を知ってのもよいのかもしれないけど、臓器は色々あるから、全体的なリスクの程度がわかればよいと思うけど。

ICRPでは、医療での放射線曝露でもできれば各臓器・組織の吸収線量をもとにし[ICRP 103, B220項]、個人毎の組織加重係数を用いることを推奨しておる。

理想的なお話しをされていると思うけど、そもそも無理なことを要求している感がしてしまう。

このサイトでのリスク推定は、ラフな見積もりを与えることを目的としており、放射線防護の質の見通しを与えるとする[ICRP 103, B231項]の記述に沿っておるが、日常診療レベルだと、これで十分じゃろ。

レベルを与えるというのでもよいのかもしれませんね。

思春期前の小児科の臨床では、より細やかな配慮が求められることがあるが、もっとも曝露する臓器の平均吸収線量が100 mGy以下である場合には、その診療が適切なものであれば、そもそもリスクが小さいことから、線量の最適化を図る意義は限定的じゃ。もっとも、わが国では各医療機関で工夫を凝らしているのが実情じゃ。

もともとラフな指標で、集団で用いる場合でも目安に過ぎないということだね。
でも、そんなことは臨床医だとすべての意志決定での前提になりそうだけど。

「実効線量を使ってはいけないというキャンペーン」の背景にはリスクを過大評価してしまうというおそれがあるのじゃろ。

リスク係数が大きすぎて、小さい線量でもリスクを大きく評価しすぎると言うこと?

小さいリスクでは、例えその領域のリスク係数がマイナスであっても与える影響は小さい。
気になっているのはこれまでの線量を単純に合計してリスクを計算した場合のリスクの大きさのように見受けられる。

検査はメリットをもたらしているから、過去のリスクはオフセットされていると考えればよいのですよね。

過去の線量をすべて足してリスクを計算して、それと新しく行う検査のメリットを比較するのは正しくないのは明白じゃろ。

他に考慮すべきことはありますか?

医療分野だと手技によっては局所に集中的に線量を与えることがあるから、その場合にはそれに対応したリスクも考えることが重要じゃ。

防護量と曝露量としての実効線量

実効線量には、防護量曝露量の二つの異なった使われ方がなされている。
教科書的な説明はリスク推計を考えた曝露量としての実効線量の導出を試みるもの。
しかし、放射線防護の専門家は、その概念をより洗練させた防護量としての実効線量を主に使っている。
防護量としての実効線量は管理目標値を与えるもので、線量としてはバーチャルさを突き詰めたものである。
このため、実効線量に基づくリスク評価には違和感を持つ傾向にあると考えられる。

将来のリスクの推計と割引率

リスク指標として遠い将来の発がんによる致死確率などを考えるのは、割引率の個人差も大きいことから、不確かさが大きくなる。

専門家が考える医療放射線分野でのリスクの推計

・医療での放射線曝露では多くの場合は急性影響は無視できるので、考慮するのは主に発がん影響。
・しかし名目リスク係数はある仮定で与えられているので個々の患者や生物医学研究への志願者に当てはめるのは必ずしも適切ではない(ICRP2007でも言及されている)。
・このためリスク評価としては、放射線による白血病の罹患や死亡を考えて、骨髄線量を曝露指標にしてはどうか。
・この場合には、骨髄線量を患者の体格などを考慮して個別に評価することはそれなりに合理的である。
・研究倫理審査委員会では、社会的な利益と志願者の不利益を比較する際に、志願者の不利益としては、放射線誘発白血病に関するリスクを考えればよいなどと指針に示すのがよいのではないか。
・この他の腫瘍なども考慮するのであれば、それも指標として加えてもよいかもしれない。
・放射線リスクを真面目に考えるには個人の放射線感受性を考慮せざるを得ない。
・放射線感受性が最も高い個人を標準で考えるのは不合理。

この考え方を現場にあてはめた場合の問題点

色々な種類の発がんを気にしてしまうと(心臓CTでの乳がんや頭頸部領域CTでの甲状腺腫瘍など)、指標が増えてしまう。
単純化するという観点では、(防護量ではない)実効線量でまとめた方が簡単。
こうしても、リスクを著しく過大評価することはないので、正当性の検証には影響を与えない。
ただし、防護量としての実効線量で使われている名目リスク係数のこのような目的での適用は不確かさがかなり大きくなるが、臨床的なセンスで考えれば問題はないのではないか。

市販のソフトウエアで線量推計だけではなくリスク推計も試みている例

PCXMCによるRisk assessment

Dose Consciousな放射線科医、医療従事者

Dose Consciousな放射線科医の育成
医療従事者がもっとdose conscious になるべきことは年来の演者の主張である。

ICRP

Draft Report for Consultation: The Use of Effective Dose as a Radiological Protection Quantity

記事作成日:2010/02/28 最終更新日: 2019/11/14