アメリカでは40歳代のマンモグラフィが推奨されないってどういうこと?

検診も色々とバランスを考えるということ
Talk about benefits and harms, then, make informed decisions…

アメリカでは40歳代のマンモグラフィを推奨しなくなったみたいだね

米国予防医療専門委員会(USPSTF)の報告書のお話しじゃな。
サイエンスに科学的根拠と政治的背景の論説が掲載されておる。
米国内科学会の日本支部のサイトには日本語版のまとめがある。

検診の間隔も1−2年に1回から2年に一回になったんだね。

40歳代のスクリーニングは一律に意味がないとしているのではなく、
“So, what does this mean if you are a woman in your 40s?
You should talk to your doctor and make an informed decision about whether mammography is right for you based on your family history, general health, and personal values.”
と個別に考えようということじゃ。

2002年のUSPTFの改訂で対象年齢を40歳代に引き下げたのに、何で元に戻して検診の間隔も広げたのかなあ。
もしかして、放射線のリスクが思ったより大きかったから、方針を見直したと言うこと?

放射線のリスクじゃなくて、他の不利益(=検診を受けることで被る望ましくないこと)を吟味して変わったとしておる。

検診すると病気が無症状のうち早く見つかって、治療の成績が向上するはずだから、よいと思うけど、お金がかかるから、政府がサービスを後退させようとしたのじゃないかな。

そんな憶測がされているけれど、USPTFでは、よりきちんと吟味した結果としておる。
検診がもたらす不利益として、USPTFでは、
1)マンモグラフィの偽陽性
2)不必要な生検
3)過剰診断
をあげておる。

どんな見積もりをしていますか?

この表(Table 4. Benefits and Harms Comparison of Different Starting and Stopping Ages Using the Exemplar Model)を見て欲しい。
40から 69歳まで毎年、マンモグラフィを行うとすると、1,000人あたりの総検査数は27,583回で、このうち2,250回は偽陽性で、偽陽性の件数は2年に1回の検診に比べると約倍になるという結果じゃ。
偽陽性は、後から考えると不必要であったと考えられる生検を約7%の検診実受診者にもたらすことになると推計しておる。
「後から考えると不必要であった」であったとは、がんがない女性に行ったためであるとしているが、日本人の感覚からはがん患者を救うためにみんなが少しずつ不利益を被るのは必要なことと考えるかもしれん。
なお、50-74 yで、不必要な生検が1,106 人とあるのは、おそらく110.6人の誤りじゃろ。

何でもよいことと悪いことがあるので比較するのが大切だと思うけど、ちゃんと考えるのは難しそうだね。
でも、このような推計があると判断の参考になるかもしれない。

米国の施策はまだ変更されておらず、最終的な勧告では個別に判断となっている。
また、この分析結果を日本にあてはめられるかどうかは疾病構造の違いなどの吟味が必要じゃ。

They all agree that women should be empowered to make informed, evidence-based decisions about breast cancer screening, together with their doctor.とあるのを皆様どう感じられますか?

コホート研究の例

よくある疫学の授業を模しています。

では、まず、検診の有効性の評価から考えてみよう。
症状が出てから医療機関を受診した患者さんと明らかな症状がなく胸部X線検査で発見された患者さんとでは明らかに予後の差がある。
症状発見群の患者さんの5年生存率が10%以下だったのに対し,検診発見群では30%を越えているという施設も多く存在する。
さて、このデータから肺がん検診は有効であると結論してよいじゃろか?

肺がん検診の有効性評価結果
4カ月検診群対照群
肺がん数切除率(%)肺がん数切除率(%)
検診胸写6662
検診喀痰1883
検診胸写,喀痰の両方667
検診外胸写43634875
自覚症状受診731011213
肺がん罹患2064616032
5年生存率(%)3315
肺がん死亡122115

Mayo Lung Projectだね。疫学の授業でよくあるネタだ。
この研究の目的は、米国のがん死亡のトップに位置する肺がん死亡を検診によって減少させることができるかどうかを調べることでしたよね。

このような疫学研究のデザインを何というかな?

研究デザインは無作為割り付け試験によるコホート調査ですね。

1971年から1976年までの Mayo Clinic の外来患者で45歳以上の1日20本以上の男性喫煙者 10,933名を対象にして加入時検診を実施し、その検診の結果、余命が5年以上期待でき,肺機能に大きな異常がない人 9,211名を無作為に検診群と対照群に割り付けておる。

どんな介入をしたのですか?

検診群の方にはその後 5.5年間(最初の登録者は1971年から76年にかけて、最後の登録者は1976年から82年にかけて)4カ月ごとに(1年に3回)胸部単純直接撮影と喀痰細胞診検査を実施(5.5年間の平均受診率75%)。
一方、対照群には年に1回くらいは胸写と喀痰細胞診の検査を受けた方がよいとアドバイスするにとどめておる。

これで追跡したのか。疫学研究は大変だね。

この条件で1983年まで両群を追跡し、肺がん死亡率に差があるか調べておる。
大変だけど、やらないと情報が得られない。
放射線の影響も被爆者の方々などのご協力があって疫学研究でデータが得られて放射線安全に役立っておるのじゃ。

で、この結果はどう考えればよいのですか?

ここの結果が一番下の肺がん死亡数じゃ。両群での差は検出されず。この臨床試験では肺がん検診は有効とは言えないとの結果じゃった。もっとも日本では、その後行われた疫学研究に基づきX線CTを用いたものは推奨しないが、胸部X線を用いた肺がん検診はグレードBで推奨するとしておる。
日本では、低線量X線CT検診の研究が進んでおるから、いずれ結論は変わるかもしれん。

この研究に対するよくある疑問とその回答

でも、疫学研究の結果は吟味しないといけないから、そのまま鵜呑みにするのはまずいじゃないかなあ。
疫学の先生はとっても疑り深かった。

結果に偏りを及ぼしうるものを考えると良いじゃろ。
何を考慮しないといけないかな。

検診群にも検診を受けていない人が含まれるし、対照群にも胸写を撮影した人がいるのじゃないかな。
本当に検診を受けた人とまったく胸写も撮影していない人とを比べるべきではないかのな。

Mayo Lung Project は保健施策としての肺がん検診の有効性を評価する研究じゃ。
肺がん検診がなくても胸写を撮影する人はたくさんおる。その状況でさらに肺がん検診を加えることによって肺がん死亡を減らすことができるかどうかを調べておるのじゃ。
この研究では検診群で75%もの人が検診に参加しているが、このような高受診率は日本ではとても期待できん。

(死亡数は検診群と対照群で差がないが、致命率(=死亡者数/罹患者数)ではそれぞれ 59.2%、71.9%と大きな差があるなあ。
致命率でみると検診の効果が認められると思うけど。
肺がんの罹患者数に差が出たのは偶然によるのではないかなあ。

このように偶然に罹患者の差が出る確率は50回に1回もないから、Overdiagnosis (過剰診断、偏り(バイアス)の一つ)とみるのが一般的じゃ。

死亡率に差があるのは当然で、対象群では、肺がんがありながら他の病気でなくなった人が、肺がんという診断を受けていないためではないかなあ。

情報バイアスがかかっていないかという批判じゃな。
しかし、プロの疫学者はとっても疑り深い。
彼らは、全死亡について検診群・対照群の別、病理組織学的所見を隠したまま、一定のフォーマットの情報(臨床所見、臨床経過、胸写像など)から肺がん死亡かどうかを判定委員会に診断させておる(マスキング)。
その後、病理組織学的診断と結果をつきあわせておる。
その結果その2つが非常によく一致することを確かめておるのじゃ。
だから、大きな 情報バイアスがあったとはとても考えられん。

本当は検診には効果があるが、検診の効果を証明するためにはパワー(統計学的検出力)が足りなかったのじゃないの?

第2種の誤りがおこったのではないかという批判じゃな。
著者らは Mayo Lung Project のパワーを計算しておる。
検診による肺がん死亡のリスク減少が30%以上あれば、0.8以上の確率で差を検出することができるはずじゃ。
一方、リスク減少が10%しかない場合はその差を検出できる確率は 0.19程度じゃ。
つまり5回のうち4回は差を検出できないから、この場合は、10%程度の確率で差を見逃す可能性がある。
しかし、効果が少ないと検診する意義は乏しいじゃろ。

じゃあ検診の不利益はどんなことを考えればよいのですか?

がんの患者が検診で見つかった場合でも、不利益があり得る。治療効果が期待できなくない場合には病悩期間の延長をもたらし得る。
検診での発見がQOLの改善につながらないとすると、過剰診断ということになる。
本当は病気ではないのにスクリーニングで詳しい検査が必要と言われた場合の不利益は理解しやすいのじゃないかな。

要らざる心配をすることですね。

不要な侵襲を受けることも考えられるし、社会全体からみると精検のコストがかかるということも考えられる。
本当は病気なのに検査で陰性の場合の不利益もわかりやすいのじゃないかな。

誤った安心で後でショックを受けてしまいそうですね。

検査結果を過信し、診断が遅れてしまうこともあるじゃろ。

病気じゃなくて、検査で陰性だと安心が得られるけど、不利益はなそうだね。

では、どうなりそうか、検診の利益と不利益をシミュレーションしてみよう。
効果が期待できそうな男性喫煙者を対象とした検診についての分析例じゃ。
感度 70%,特異度 95%としてみよう。

感度が 70%ということは,肺がん検診を受けたにもかかわらず 30%の肺がんの人は検診でひっかからず、検診以外で肺がんの診断を受けるという意味ですね。
特異度が 95%というのは、本当は肺がんがないのに 5%の人は「要精査」として,精密検査を受けるように勧められると仮定したことですね。

男性喫煙者の検診対象年齢での肺がん有病率を人口10万人あたり 130人としてみよう。

男性喫煙者10万人を対象に肺がん検診を行った結果のシミュレーション結果
肺がん
ありなし
肺がん検診要精検914,993.55,084.5
異常なし399,4876.59,4915.5
13099,870100,000

真陽性は91人ですね。

このうち、一割程度は、検診によって救命されることが期待されるから、利益として考えられる。
一割強は、過剰診断、つまり治療を受ける必要はないのに治療を受けることになりそうじゃ。
一割弱は、救命されるが,検診を受けなくても救命されると推察される。
残りの半数強は、早期発見されたにもかかわらず,結局救命できないとなる。肺がんの場合,治療による延命効果も多くの場合限界があるので、早く発見された分、長く闘病生活をおくるということになりかねないという不利益がある。

偽陽性は5千人前後と結構多いね。陽性反応的中度は2%もないから、要精検になっても、98%以上は病気じゃないと言うことだね。

陽性反応的中度は、検診集団に有病割合にも大きく依存する。病気の人の見逃しを避けるためにはやむをえない。この集団はどうなりそうかな?

再検査したり、詳しい検査をしそうですね。

その大半は、精密検査として胸部直接撮影や断層撮影と呼ばれるX線撮撮影を受け,その結果肺がんではなさそうということになるが、一部の人は経過観察となり,その後も数回医療機関を受診することになるじゃろ。
さらに、200人程度は、これに加えて、さらに胸部CTや気管支鏡検査を受け、その結果肺がんではなさそうということになる.かなりの割合の人がその後も経過観察になり,何回も医療機関を受診しなければならないじゃろ。
5人程度は、精査でも診断がつかず、結局手術でがんでないことが確認されるじゃろ。

病気なのに検診で見逃される人は40人弱ですね。

検診以外で見つかり治療できることもあるじゃろ。多くは、その後肺がんと診断されることになるが、治療開始が遅れることもあるじゃろ。もっとも、その不利益の程度は、肺がん検診だとそれほど多くないかもしれない。

真の陰性は9,500人程度ですね。その安心料をどう考えるかも施策決定に効くのかもしれませんね。

最終的には、患者の利益のために、どれだけ他を犠牲にできるかになるから、公衆衛生倫理の問題になるじゃろ。これが公衆衛生施策を考える場合の根本になる。また、日本でも飯沼武先生らが、このような推計をいろいろとされておりそのような成果が国立がんセンターでまとめられているので参考になるじゃろ。

がん検診ガイドライン 総論には放射線曝露も不利益とあげられていますね。
何でもよい面と悪い面があるから、それぞれどの程度か考えなくてはならないですね。

厚生労働省の見解

問3.アメリカ合衆国(米国)で、40歳からのマンモグラフィーでの乳がん検診を推奨しないという勧告が出たと聞いたのですが、日本ではどうなるのですか。(平成22年1月7日掲載)

がん検診に関する検討会中間報告.老人保健事業に基づく乳がん検診及び子宮がん検診の見直しについて(平成16年3月)

日本乳癌検診学会

米国予防医学専門委員会による乳がん検診推奨に対する日本乳癌検診学会の見解

検診を実際に受けた人と受けなかった人の比較ではなく、評価研究において検診群に割りつけられた人と対照群に割りつけられた人の比較なので死亡減少効果を過小評価している

検診の有効性評価研究に対するFAQ

Q.検診群にも検診を受けていない人いる一方で、対照群に検査を受けた人がいるだろう。本当に検診を受けた人とまったく検査していない人とを比べるべきではないか。
A.検診の有効性検証研究は保健施策としてのがん検診の有効性を評価する研究です。がん検診がなくてもマンモグラフィ検査を受ける人はたくさんいます。その上にさらに集中的にがん検診を加えることによって乳がん死亡を減らすことができるかどうかを調べています。検診群に割り付けられた群で検査実施割合が高い場合には、それをわが国に当てはめた場合に、研究成果どおりの効果が期待されるかどうか吟味する必要があるでしょう。

米国がん研究所 National cancer institute

40歳以上の女性に1から2年に1回のマンモグラフィーを推奨。高リスク者は個別に対応すべきとしている。

英国

現行の 50 – 70歳を2012年までに47 – 73歳に範囲を広げる。

検診などでの放射線利用の議論

アスベストを曝露した可能性のある方への調査のあり方

石綿に関する健康管理等専門家会議
放射線検査の意義と不利益が議論されています。
05/08/19 石綿に関する健康管理等専門家会議第2回議事録
この報告書での放射線検査に関する議論がなされています。
「これは線量当量で計算しますので」とあるのは、「線量当量」ではなく「実効線量」で計算したと考えられるでしょう。
「線量当量」は、防護量としての「実効線量」を計測するために計測器に値付けに用いられる「実効線量」もどきです。

マンモグラフィの品質保証プログラム

IAEA Human Health Series No. 2
Quality Assurance Programme for Screen-film Mammography

J-START

乳がん検診における超音波検査の有効性を検証するための比較試験

乳がん検診の有効性の議論を取り上げた図書

ゲルト・ギーゲレンツァー(著)
吉田 利子(訳)
数字に弱いあなたの驚くほど危険な生活
病院や裁判で統計にだまされないために
The Calculated Risks

偽陽性と偽陰性

偽陽性や偽陰性は検査を行った検査者の技術の未熟さを示すものなのでしょうか?

検査を行う上で避けられないものだと考えられます

議論例

第17回福島県「県民健康調査」検討委員会議事録
あの、検査の見逃しというのと、(スクリーニング)検査による偽陰性というのは違うので、そこだけは誤解しないほうがいいと思います。

スクリニーング検査では避けられない偽陰性と手順の逸脱による「見逃し」を峻別してデータを解釈すべきという指摘ですね

偽陰性や偽陽性を伝えることの課題の議論例

第9回がん検診に関する検討会議事録
偽陰性率、偽陽性率のデータというのがここにお示ししたものとしてあるんですけれども、それの意味するところというのをきちんと正確に伝えるというところが今のところ不十分なところがあるということだと思います。

スクリニーング検査では超えられない限界があるのは、皆さん理解なさっておられるのでは…

偽陰性の評価法の課題の議論例

内視鏡検査の精度管理への利用

American Cancer Society

Breast Cancer Screening for Women at Average Risk
2015 Guideline Update From the American Cancer Society

Overdiagnosis

Breast-Cancer Tumor Size, Overdiagnosis, and Mammography Screening Effectiveness

乳房の特性への対応

FDA advances landmark policy changes to modernize mammography services and improve their quality

続きは、保健福祉職員向け原子力災害後の放射線学習サイトの記事をご覧下さい。

英国

NHS

Breast cancer screening

Cancer Research UK

Breast screening

胸部X線と労働安全

労働安全衛生法における胸部エックス線検査等のあり方検討会
柚木孝士.胸部エックス線検査の必要性について

改正

労働安全衛生法に基づく 定期健康診断における胸部エックス線検査等の対象者の見直しに関する改正について

現場の戸惑い

宮本相談員 新日本製鐵(株)君津製鉄所産業医.相談員コラム 第1章 定期健康診断で胸部エックス線検査の省略は実際に可能なのか?

OECD

日本は長生きする人々の健康と幸福を維持するために、主な健康リスクに注意を払う必要がある
健康診断のあり方に関しても言及されています。

背景分析

LERNER, B.H. and CURTISS-ROWLANDS, G. (2022), Why Was the US Preventive Services Task Force’s 2009 Breast Cancer Screening Recommendation So Objectionable? A Historical Analysis. Milbank Quarterly., 100: 702-721.

情報提供サイト

検診/健診ナビ | スクリーニングの利益・不利益等の適切な情報提供サイト

記事作成日:2010/02/20 最終更新日: 2023/08/09

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