先日,不整脈の治療のためにカテーテルアブレーションを受けました.
今後、妊娠を希望しており,今回の治療で自分が実際どの程度の線量を受けたのか,そしてそれはどの位身体に影響があるのか(特に一時あるいは永久不妊を引き起こす可能性がある位の量なのか)が心配です(担当医師には「わからない」と言われました).
カテーテルアブレーションでの被曝量はどの程度なのでしょうか?
因みに,治療に要した時間は全部で約 2 時間ほどで,X線を照射していた時間は合計で20分間だったそうです.
「わからない」と言われたのが問題だって五十嵐さんは言いたいんだろうね。
循環器内科医がわからないのは無理もないので、診療放射線技師や放射線科医にコンサルテーションを求めればよかったと五十嵐さんは考えておるそうじゃ。
どこまで事前に説明しておくかはなかなか難しい問題じゃが、ICRPでは胎児の線量が1 mGyを超える場合は詳しい説明が必要で、胸部X線検査のように低線量の場合には、リスクが小さいことを口頭で述べればよいとしておる(ICRP 84, (50) )
カテーテルアブレーションだと僕のサークルでも受けた人がいるよ。
結局、不整脈が残ったので納豆が食べられないだって。
抗血液凝固剤を使っておるのじゃな。
ホウレンソウも食べられないのかな?
これもトレードオフじゃな。
トータルでバランスよく考えなくてはならん。
放射線防護も同じだね。
そうじゃ。放射線計測で使っているポアソン分布も社会で広く観測される分布じゃ。
先生、話がずれていってるよ。
そうじゃた。このお話に興味のあるよい子は学校の理科や数学の先生に聞いてみよう。
線量は診療放射線技師に確認してもらうとよいじゃろ。
線量への疑問としては、カテーテルアブレーションでの線量が、0.43グレイであることを知って、それが胸部レントゲンを1,000枚くらい撮影する量に匹敵すると解釈している例があるけど、この考え方は適切ですか?
局所の皮膚への線量という観点では、量の比較としては、そうなるじゃろ。
もっとも、1回の胸部X線のリスクは十分に小さいことや発がんリスクを考える実効線量では、比がこれよりも小さくなると考えられることも勘案して、そのリスクと治療がもたらす利益を比較するとよいじゃろ。
放射線科医にも、このような相談が舞い込むことがあるんだって。
データはこうだったって。
診断 WPW症候群に伴う発作性上室性頻拍症
手技 Kent束に対するアブレーション
透視時間 21分
透視線量 70 Gy・cm2
IIの使用時Inch. 9inch
撮影方向 RAO 30 LAO 60 がそれぞれ半分
出力 RAO 30 68kV 2.7 mA
LAO 60 74kV 3.7 mA
ちょっと細かいので一般の方は読み飛ばしてください。では推計してみよう(ここではPCXMCを用いています)。
まず、患者の体格を考慮し、
ビームサイズは、FIDを110 cmとし、II面で 9inchで、IIと患者の距離5cmと仮定しよう。
ビームフィルタはアルミニウムで厚さ2.7 mmとしよう。
総透視時間を21分で、RAO 30とLAO 60の照射をそれそれ半々にしてみた。
出力 RAO 30 68kV 2.7 mA, LAO 60 74kV 3.7 mA
従って、RAO 30の実効稼働負荷は1,701 mAsとLAO 60の実効稼働負荷は2,331 mAsとなる。以上の条件で線量の計算じゃ。
【結果】
・RAO 30の照射
入射皮膚の後方散乱を含まない空気カーマ:106 mGy
患者の実効線量:5.1 mSv
卵巣:0.02 mGy
子宮:0.01 mGy
・LAO 60の照射
入射皮膚の後方散乱を含まない空気カーマ:173 mGy
患者の実効線量:7.9 mSv
卵巣:0.01 mGy
子宮:0.01 mGy
また、エックス線管を頭側に10度振った場合は以下の線量じゃ。
卵巣:0.011 mGy( C.V.56.4%)
子宮:0.014 mGy(C.V.33%)
卵巣の平均線量は0.03 mGyか。
リスクの大きさはどうですか?
卵子だと1.7~6.4Gyで一時不妊をおこすと言われておるから、その線量じゃと閾値よりも5桁ほど低いな。
なるほど。放射線科医(帝京大学放射線科鈴木滋先生)から文献を紹介いただきました。
この論文では、平均的なアブレーション手技(論文中のデータから計算すると、ビーム強度が1.59 mGy/min/mA、平均電流が2.3 mA、照射時間が41 min、ビームサイズが23×23cmだと面積線量DAPは79Gy・cm2程度、透視時間41分)での生殖腺の線量は0.08 mSvという事になっています。
Table 3 Typical Procedure の列を見るとGonads, Bladderともに2μSv/minであるため、透視時間(41分)をかけると80μSv=0.08 mSv.
膀胱の線量もやはり0.08 mSvという事なので、子宮(胎児)の線量もそれに近い値と推定されます。
面積線量の比を取ってそのまま今回の患者さんに当てはめた場合の胎児線量は0.03 mGyなので、だいたいあっていそうだね。
この論文では、腹部大動脈にカテーテルを進める際に腹部の透視を30秒程度行う事が前提となっているため、その影響で線量が2倍になっておる。
透視のやり方で線量は結構異なるのじゃ。
2006年の保健物理学会では、広藤喜章、青山隆彦、小山修司、川浦稚代.「下部消化管X線検査(注腸検査)の実測に基づく被検者の被ばく線量評価」や瀬口繁野信、藤井啓輔、青山隆彦、小山修司、川浦稚代.「冠動脈造影と冠動脈インターベンション術における患者被曝線量の測定」の発表があった。照射記録からA科とB科での患者さんの臓器の線量を比較するという内容じゃったが、臨床医に結果をフィードバックしたら線量が減ったと発表後の質疑応答で答えてくれた。
もしかしたら、相談された方は、色々なところに尋ねられたのかなあ。
もしかしたら、そうかもしれんな。
不安を膨らませないためにも病院の診療放射線技師の対応が重要じゃないかな。
従事者が受ける線量
総説
Eugenio Picano, Eliseo Vano.The Radiation Issue in Cardiology: the time for action is now
線量の推計法
松原 孝祐, Thunyarat CHUSIN, 大久保 玲奈, 小川 善紀, 医療被ばくに関する線量評価法, 保健物理, 2018, 53 巻, 4 号, p. 238-246, 公開日 2019/03/03, Online ISSN 1884-7560, Print ISSN 0367-6110
古場 裕介, 医療被ばくにおける患者の線量評価システムの開発に向けて, Medical Imaging Technology, 2018, 36 巻, 1 号, p. 15-20, 公開日 2018/01/31, Online ISSN 2185-3193, Print ISSN 0288-450X
佐藤斉.一般撮影領域 におけるモンテカルロ計算ツール(Monte Carlo based calculation tool of patient exposure in general X-ray examinations)
秋田県診療放射線技師会 放射線安全管理委員会 報告書
坂元 健太郎,高橋 規之,工藤 泰.患者個人の被曝線量推定方法の検討