従来は血管造影検査が行われていた冠動脈の評価がX線CT検査でもなされつつある。この検査での線量とリスクを推計したAndrew J. Einsteinらの論文を紹介したい。
Andrew J. Einsteinらの研究の目的
この研究の目的は、64列X線CT装置を用いた冠動脈検査(CTCA: Computed Tomography Coronary Angiography)での放射線リスクを推計することである。
Andrew J. Einsteinらの研究の方法
(1)モンテカルロ法を用いた線量推計ソフトウエアであるImpactDose packageを用い主要な臓器の線量を推計し、(2) BEIR VIIの線量リスク関係モデルを用い各臓器の線量から、性年齢を考慮しリスクを計算している。
Andrew J. Einsteinらの研究の結果
大動脈領域まで含み線量最適化のための管電流変調(ECTCM:electrocardiographically controlled tube current modulation)を用いない場合、乳房の平均吸収線量は80 mGyで実効線量は29 mSvであった。ECTCMを用いると、それぞれ52 mGy,19 mSvに低減した。
放射線によるがん発症の相対危険(リスクの大きさを比で示している)は、標準的な手法で、80歳男性を1.0とすると、女性で 2.4倍、60歳男性で2.6倍、女性で 7.0倍、40歳男性で3.2倍、女性で11.5倍、20歳男性で4.8倍、女性で22.9倍であった。リスクは年齢、性、スキャン・プロトコールで大きく異なり、生涯での発がんの寄与リスク(リスクの大きさを差で示している)は80歳の男性0.02%未満から、20歳女性で大動脈領域を含みECTCMを用いない場合の1%に近い値まで変動が大きかった。
Andrew J. Einsteinらの研究の結論
若年女性ではCTCAのリスクが比較的大きく慎重な検査適用と照射の最適化が求められる。
Andrew J. Einsteinらの研究とわが国のデータとの比較
人体ファントムと半導体線量計を用いた同様のわが国での報告 では、(1)CTCA(この論文と装置は同じ型式)では、乳房の平均吸収線量は最大65 mGyで実効線量は最大20 mSv、(2)通常の冠動脈造影:乳房の平均臓器吸収線量(mGy):3.6-5.3、実効線量(mSv):10.3-9.0であることから、乳房で20倍程度、実効線量で2倍程度CTの方が高いとしている。
Andrew J. Einsteinらの論文と同様の、ImPACTDosimetory で計算してみると、Siemens Sensation 64の造影ヘリカルを想定し、電子の加速電圧:120kV、走査範囲:45-57cm、患者の性別:女性とし、加速する電子の量(管電流):500 mA(modulationを考慮していないため過大評価になる可能性がある)、回転速度:0.35s/回転、コリメーション:28.8 mm、ビームのピッチ:0.25とすると、CT線量指標はCTDIw:11.4 mGy、CTDIvol:45.6 mGyで、DLP:548 mGy cmとなる。また、臓器の平均吸収線量は、乳房:51 mGy、肺:42 mGyで、実効線量:12 mSvとなる。一方、装置をToshiba Aquilion Multi/4に変えて、コリメーションを32 mmにすると、CT線量指標はCTDIw:18.7 mGy、CTDIvol:74.7 mGy、DLP:897 mGy cmとなる。また、臓器の平均吸収線量は、乳房:100 mGy、肺:64 mGyで、実効線量:19 mSvとなる。
また、プレップ分なども計算し、それらのCT線量指標を単純に加算すると、総CT線量指標に占めるプレップ分の寄与が大きいように見えるが、プレップでは、照射するビームの幅が2 mmに絞られており、臓器に与える線量としては相対的には寄与が小さく、プレップではCTDIw=CTDIvol:8.5 mGyに対して実効線量は0.51 mSv程度になる。
今後の課題
最近のX線CT装置ではCT線量指標やDose length productなどが表示されている。また、透視装置ではInternational Electro technical Commission (IEC)の規格に基づくinterventional reference point での後方散乱を含まない空気カーマなどが表示されている。これらは当然活用すべきであるが、表示値が大きいとして混乱をまねている例があると聞く。
まず、確認したいのは、CT線量指標は照射されている領域の平均吸収線量を模擬することである。透視などではビーム中心の線量が示されることもあるが、医療で照射されるのは、体のごく一部に過ぎない。このため、臓器の線量は、照射される範囲や臓器の位置関係などを考慮する必要がある。また、エックス線は比較的浅い領域でエネルギーを失うために容積が小さい患者では相対的に線量が大きくなることにも留意したい。
このように、CTDIvolは臨床医が評価したい臓器の線量をそのまま示すとは限らない。臨床場面の意志決定で、X線CT装置に表示されるCTDIvolを患者が受ける線量として用いるのは必ずしも適切でなく、放射線部の適切な関与が求められると考えられる。また、透視では幾何学的条件が患者に与える線量を大きく左右する。エックス線装置の回転中心から15cm手前よりも遠くに患者さんがいる場合には、当然、表示値よりもイメージインテンシファイヤから30 cm手前のFDA点よりも線量は大きくなる。
いずれにしても、比較的線量が大きい検査では、これまで以上にその適切な制御が求められよう。ここで、その留意点をまとめると、以下のようになるのではなかろうか。
・適切に検査適用を考える必要がある(CTCAに限らないが)。
・どの程度線量が低減できるかは得られる情報の質とも密接に関係するので、臨床医と放射線部の共同作業が重要になる。
・CTDIvol(一次ビーム領域内の平均吸収線量)から乳房の線量への換算係数は、ビームのジオメトリなどでそれなりに異なる。このため、異なるビームジオメトリでの照射でのCTDIvolを単純に合算するのは必ずしも適切でないことがある。
・また、CTDIvolは、一次ビーム領域内の平均吸収線量を表そうとするものであり、医療では体の一部しか照射されないため、実効線量に換算する場合には、照射の幾何学的条件を考慮する必要がある。
・適切な放射線診療を行うには各臨床科と放射線部のよい連携が重要になる。
さらに、適切な線量推計のためには正しいビームデータの取得が求められる。しかし、X線CT装置に関しては、治療と異なり、これらのデータが開示されていない状況にある。企業秘密の保持は健全な競争に必要であり、フィルタの形状等は高度な企業秘密であり詳細な情報を開示するのは適切ではないとも思われる。このため、安全性確保との関係で解決を模索するしかない。このような課題は、医療用加速器の放射化問題と同様の問題をはらんでいる。例えば、安全評価上最低限必要な情報のみをユーザーに伝えるようにすることにしてはどうだろうか。
出典
山口一郎.放射線医療技術の進展と放射線安全規制の対応.医療放射線防護Newsletter.(50),30-36. 2007
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DICOMタグ情報から線量を計算する仕組みが実装されている。
X線CT検査で患者が受ける線量
NRPB W-67 Doses from computed tomography (CT) examinations in the UK–2003 review(pdf file, 4.9 MkB)
各検査別の年齢階級別のCTDIvolと実効線量などがまとめられています。
リスクの比較としては、治療対象疾患の病状悪化と将来の放射線誘発発ガン死亡のトレードオフになる。
リスク情報提供例
The University of Colorado Radiology Adult Dose-Risk Smartcard
WHO
IVRの放射線防護に関するリーフレット
IVRの放射線防護に関するポスター
JIRA
被ばく低減のためのエックス線I.I.劣化推定指針の調査研究 平成14年度報告書