心臓CTを受けた患者はどんどん乳がんを発症してしまうのでしょうか?

検査のメリットとデメリットを比較しよう

こんな報道があると検査のリスクが気になるなあ。
がん3.2%診断被ばく原因
家内がこんな週刊誌の記事も見つけてきた。
見出し「CT検査 ホントに危ないか」
患者さんも読むんだろうなあ。

どれどれ。どんな記事じゃ。

小見出し「「診断被曝」でがん多発」、「日本が最悪」、「英医学誌が共学論文」(出典:週刊朝日.2004年2月27号.32ページ)

ふむふむ、がんの原因の3.2%が放射線診療によるというのじゃな。
見出しは刺激的じゃが、「科学的知識を持ち賢く使おう」と冷静に書こうとしているようにも見受けられる。

そんなにリスクは高いのですか?
なんだか放射線防護の専門家は大きすぎるマージンになっても「安全」を担保できる結論を出したがっているのじゃないかなあ。
結論として「最大リスクとしてはこの程度を考えておけばまず大丈夫」というラインを示そうとしているのではないですか?

放射線に限らず、有害物質の管理で、過大すぎるマージンで安全基準を作ることは、問題がある。
そこで、ありえそうなシナリオでエンドポイントの分布を考えてリスクマネジメントされておるぞ。
例えば、今の例でも
・15cmの照射領域のはずが実は20 cmであることが否定できない
・加速する電子の数が500 mAのはずが600 mAであることが否定できない
・20歳女性でも、体格が小さい方がいることが否定できない
・その女性がBRCA1/2の変異と他のがん抑制遺伝子の変異があることが否定できない
・高線量を低線量に外挿すると過小評価することが否定できない(バイスタンダー効果(放射線に照射された影響が細胞間ギャップを伝搬し、酸化ストレスや細胞周期を早めることなどで発がんリスクが増加)や高線量では細胞死などがおこり放射線が効果的に発がんに寄与しないことなどから)

などなど、無理矢理、安全側マージンを取ると、さらに、リスク推計値は大きくなるが、そうはしておらんじゃろ。

安全評価だと、これを超えなければ大丈夫ラインを越えるかどうかは非常に重要だけど、安全を担保するマージンの大きさは有効性を減弱するマイナス部分とトレードオフでしょう。

そのとおりじゃ。

ただし、ここでは、リスク推計で安全側マージンをとる話にまでは至っておらず、単純外挿の議論に過ぎん。

大きすぎるマージンは現実にはマイナスを患者さんに与える可能性があるから、過大安全側評価には注意して欲しい。

そうじゃけど、多少、放射線リスク評価で安全側すぎたとしても、放射線診療の便益がはるかに大きんじゃないかな。

ある意味「ぎりぎり」の値を出していっていただきたい。

そこまで、利益とリスクが競っていて、リスク推定の精度を上げる必要があれば、ぎりぎりを追求する必要があるが、そんなことはないじゃろ。このような小さい線量でのリスク推計の精度を上げることは、今の人類の力では無理なのじゃ。

当然その判断には被ばくさせている手技による患者さんのメリットの推定が必要になるけど、それも加味した「ぎりぎり」の値を出して欲しい。

メリットが十分にあれば、リスクがちょっと小さいか、すごく小さいかはどうでもよいじゃろ。
むろん、リスクは合理的に低減できる範囲であれば小さければ小さいほどよいが、ゼロリスク追求は他のリスクを増やしてしまうので、正しい方向ではない。

うーん、解決できる問題なのかどうか、根本的に無理のような気もしないでもないですが、たとえば○○ぐらいのpositive factorがあればこのぐらいの被ばくはトレードオフされる、というような結果は出せないのでしょうか?

利益が大きいので、それは容易じゃな。
むしろ、こう考えられているので放射線診療が成り立っていると言えるだろう。

とにかく、僕らは患者さんにいい診断・治療をしたいし、実感から言うと心臓CTのメリットは非常に大きい、発がんリスクうんぬんを遙かに超えるメリットがあると思っています。

それを定量的に表現すれば、皆さん納得されるのではないかな。

でも本当に患者さんがどんどんガンになられたらそれは絶対困る。

リスクの認知の話になりそうじゃ。
この論文で示された結果は、心臓CTを受けた患者さんが「どんどんガン」になると考えてよいじゃろうか。

でもこれまでの被ばくの状況を考えればあまりに考えにくい。
このずれを誰か科学的に説明して僕を納得させてください、と言うのが今の僕の気持ちです。

心臓CTが肝動脈造影と同じ線量だとしても、100万回の検査で過剰がん死亡は、300症例じゃ。
1万人の患者さんを受け持ったとして、増加分は3症例に過ぎん。
これを日常の臨床感覚で感知するのは至難の技じゃろう。
きちんとデザインした疫学研究で確認するしかなかろう。(pdf file, 233kB)
感覚の問題は適当なシミュレータで実験するしかなさそうじゃな。

勉強するしかないってことか。
前置きが長くなったけど、論文を読もう。

65歳での死亡原因を見ると男性では3割、2割ががんとされている。
厚生労働省:日本人の平均余命 平成17年簡易生命表
日本では死亡診断書で原疾患がかかれないために本当はもう少し多いかもしれん。

法医学の講義でICD分類を習ったけど、肺炎とか心不全と書いてしまう例が多いだろうな。

では論文を読んでみよう。
イントロはどうなっておるかな。

・医療から受ける放射線は全体の14%で最も大きい曝露源
・その利益はとても大きく(great)、そのリスクは受け入れられる
・集団で見た場合の寄与が大きくなりうる
・個々のリスクは小さく疫学的な研究では差は見つけられない
・国により放射線診療のパターンは異なる
・そこで、日本での原爆被爆者の疫学研究データを用い、放射線診療のリスクを推計したとあります。

言っていることに間違いはありますか?

放射線診療のリスクの推計は臨床での意志決定に役立てようとするもので、この目的の妥当性に反論するのは難しいじゃろ。
方法論はリスクの外挿を使っているので攻撃されたが、他の方法は提示できないので、今のところはこれを使うしかあるまい。
モデルが不適切であることによる推計の偏りは後からでも修正できる。

「個々のリスクは小さくても、多くの人が曝露するのでがん死亡数がconsiderableになりうる」とあるのは、どうですか?

放射線診療で受ける利益は集団で見ても大きいので、放射線誘発がんの症例数が集団で大きいとしても、利益の方が大きければ結果として人々の幸せに貢献していることになる。
テロ防止のために空港での持ち物検査をヒトに対しても行うかどうかになると、その照射の利益は、テロ防止という便益があるとしても、直接個人の健康を改善するものではないので、この研究で見積もられるようなリスクと比較して考えることになる。

1981年にDoll先生とPeto先生が米国でのがん死亡の0.5%が医療で受ける放射線に起因していると推計しており、その後、その寄与がどの程度増えたかを調べるそうです。

曝露が増えているのでリスクは増えているのは間違いないが、それ以上に放射線診療の技術が向上しているので、寿命延長の効果が増進しているので、本来は、それを加味して評価すればよいが、そこまでは検討されておらんのじゃ。

では、方法に行きます。
・線量推計は75歳までに受ける線量を積算
・発がんリスクは、各臓器に毎年受ける線量から、年齢依存、線量ーリスク関係モデルで推計

詳しくは、Webappendixにあるそうです。
だんだん、病院の抄読会みたいになってきた。
この資料は一枚だけなので頑張って読んでみよう。
読者の皆さんも付いてきてください。

わしが解説するので、マニア以外は読まなくてもよいよ。

えっと最初の式は、
・到達年齢a歳での74歳までの積分
・積分対象関数は、a歳まで生存する場合のe歳での曝露によるがん死亡確率関数

だから、e歳時に受けた放射線で、その後、どの程度の確率で放射線誘発がんで死亡しているのかを計算しているんだな。

さらに、e歳時での曝露を生涯に拡張しているのじゃ。

例では、男性での大腸がんの累積リスクの計算を示しています。
pタイプの検査でj年齢グループの男性が大腸にうける線量は、フィンランドの研究を基に求めたのか。
体格の違いはどうしたのかな。

実効線量から換算したようじゃ。
一般成人の場合の検査の種類別の臓器線量は図1にある。
table1

なるほど。それにj年齢グループでの平均検査件数から線量を求めているのだな。
全国調査を行うなんて英国はすごいなあ。

わが国でも放医研や藤田保健衛生大学の鈴木昇一先生らが調査しておる。
もっとも、検査頻度はレセプトデータを使うと推計できそうじゃが。
いずれわが国でも医療被ばく研究情報ネットワークがデータを集約することが期待される。

これを全ての種類の検査で繰り返して、各臓器の線量を年齢別に求めた訳か。
それで年齢別・臓器別のリスク係数を使ってリスクを求めたのだな。

発がんリスクの推計では、直近5年(白血病では2年)の線量は考慮しておらんのじゃ。

線量とリスクの関係はどのように仮定したのですか?

過剰相対リスクは線量に比例するというモデルを使っておる。
線量が2倍になればリスクも2倍になるという単純なモデルじゃ。
ある年齢での放射線によるがん発生増加分は、その年齢の自然がんの発生率に依存すると仮定しているのじゃ(相乗リスクモデル)。
これらのリスク係数は日本の被爆者の疫学研究データを国連科学委員会がまとめたものを使っておる。

白血病や乳がんの扱いはどうしていますか?

リスク比ではなくリスク差に着目して、線量が倍であれば、リスクの増加分も倍になるとしておる(相加リスクモデル)。
リスク比を考えるということは、自然がんの発生率をベースに考えるということじゃが、白血病や乳がんは、被ばく線量のみに依存し、その年齢における自然がんの発生率とは関係がないと仮定しておるのじゃ。

白血病も線量とリスクは直線関係としているのですか?

慢性リンパ性白血病以外は、直線-二次モデルを使っておる。
このモデルは線量が多くなると、より速やかに右上がりのカーブを描いて増加する。

リスクのデータはすべて原爆被爆者ですか?

乳がんでは、原爆被爆者を含む4つのコフォートでのプール解析による。

年齢別の臓器別の線量はどう推定されたのですか?

結果は図1じゃ。
fig1

日本はX線CT検査の頻度が多いって聞いたけど、この研究では、
このことは考慮されているの?

残念ながら日本でどの程度X線CT検査が行われているか調べられなかったので、X線CTの検査は標準的なものを用いたとある。

データが本当になかったのかな?

間に合わなかったのじゃろ。
今ではデータが蓄積しつつあり 診断参考レベルが定められつつある。

リスクの不確かさは評価しているのかな?
推計ものでは感度分析が重要って公衆衛生の講義でならったけど。
検査受ける人はより健康度が低いのじゃないかなあ。

著者らは感度分析も行っておる。

検査を受ける患者の偏りがもたらす推計値の変動の程度は死亡確率を2段階引き上げて確認している。
また、低線量では相対的なリスクが半分程度小さいという仮定でも計算しておる。
さらに、放射線の影響が無期限ではなく40年間のみという仮定でも計算しておるのじゃ。

なるほど考えられそうな変動要因を考慮しているということですね。

それだけじゃない。
臓器線量の推計や検査頻度の不確かさを考慮した感度分析や原爆被爆者だけでなく放射線診療を受けた患者追跡調査で得られたリスク係数を用いた場合も検討しておる。

結果はどうだったのですか。

表2は英国での寄与リスク推計結果じゃ。
0.6%のがん死亡が放射線診療で誘発となっておる。

table2

どの程度の年代から効いてくるのですか?

図2は放射線誘発がんのリスクを年齢別に示しておる。
このモデルだと40歳以上でリスクが増加しておる。

fig2

やっぱり検査の種類で線量が違うから、リスクも異なるのかな。

胸部X線検査だと百万回の検査当たりの放射線誘発がんはわずか1例に過ぎん。
一方、胸部X線検査の余命延長効果が大きいから、検査を行うことそのものには問題はない。

table3

検査当たりだと冠動脈造影検査のリスクが最も大きいのか。

その分、患者さんが受ける利益も大きいから、リスクがオフセットされるのじゃ。
このようなリスクは他の放射線検査を受けた患者が引き受けるものではないから、集団で考えてもあまり意味はないのかも知れんな。

感度分析はどうなっていますか?

表5に示されておる。
リスクモデルの違いはそれなりに効いてくるようじゃ。
このように小さいリスクだと、リスクモデルの精度を上げることは限界があるので、推計値モコの程度の幅を持っていると理解すべきじゃな。

リスクはよくわからないということですか?

いや、むしろよくわかっていると言ってよいんじゃないかな。
これ以上、リスクが大きくないことは明白じゃが(リスクが本当に大きければ疫学研究で検出できる)、それよりも真のリスクが小さいとして、それがどの程度小さいかは誰にも分からないのじゃ。

多くの検査は利益は明らかだし、念のために胸部X線検査するとしても、その不利益は発がんリスクという観点からは極めて限定的なので、あまりコストをかけて検討しても意味がなさそうだな。

現場では何が問題なのだろう?

このような論文は、患者さんに必要な放射線診療を制限することを主張されているはずもないのですが、
この論文を読んだ人たちは十把一絡げに「放射線診療はがんのリスクを増加させる危ない診療だ」って冷静さを欠いた議論をしますから。少なくともしがちです。
そうなると、検査のリスクとメリットをちゃんと評価する、それ自体が困難になってしまうのです。
公の場で正しい論理を持って、真のリスク評価がいかに難しくさらに今後のメリット・デメリット評価が必要であること、それを示していただきたいと思います。

う〜む。リスク評価はこの程度の精度であれば十分だと思うんじゃが。

ここでの会話は医療放射線防護連絡協議会でのメール討議にヒントを得てシナリオを作ったものです。

論文


Amy Berrington de Gonzalez and Sarah Darby. Risk of cancer from diagnostic X-rays: estimates for the UK and 14 other countries, Lancet, 363: 345-351, 2004.

解説

日本保健物理学会による論文の解説

リスク認知


リスクの大きさを正しく受け止めているか?
放射線診療によるリスクは、我が国のがん発生の地域差に埋もれてしまう。
丹羽先生のスライド14
niwa

低線量被ばくに関する考え方


小さいリスクとどう付き合うの?
土居先生の熱意あふれる解説
酒井先生の冷静な解説

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記事作成日:2009/11/09 最終更新日: 2016/03/19