患者さんのスリッパからの放射能汚染拡大は問題ですか?

転倒の危険性が高い患者さんでは、放射線防護上必要な注意がなされていれば、核医学施設の出入口で、履物を交換する必要はないと考えられます。

学会によるガイドライン


日本核医学会と日本核医学技術学会によるガイドラインが策定されています。

看護師さんからはあまり人気のない核医学検査室だけど、転倒事故、感染症予防の問題から、スリッパの履き替えが現場で話題になっているようです。

手術室、ICU等でも靴の履き替えは感染予防にはならないことが最近の科学的知見として得られていて、病院機能評価対策マニュアルでは、手術室、ICU等において履き替え無しでの入室とするよう記載されていたり、科学的根拠による感染防止の観点から医療法施行規則が改正されたことが影響しているのかもしれん。

これまでは、核医学施設では、放射能汚染の拡大の防止のため、これまでスタッフおよび患者のスリッパ履き替えが推奨されてきたみたいですね。でも、スリッパ履き替えのために、スノコなどが必要となり、歩行機能の障害がある患者ではこれがバリアとなりそうだ。そもそも、歩行機能の障害がある患者に対しては、スリッパは転倒防止の観点から履物として必ずしも望ましくないとされているようですね。

日本核学技術学会関東地方会学術委員会の「井戸端かいぎ」1号で幾つかの例が紹介されておる。


入口の一部にスノコがある例。おそらくもっとも一般的。


スノコで全幅にある例。車椅子やストレッチャーはつらそう。


木製ではなくカラフルなウレタン製のスノコで履き替えを促している例。


薄いマットを採用し転倒事故を防ぐ工夫がなされている例。

すのこがない例

色々あるのですね。結局トレードオフになりそうだけど。履き替えは放射線防護上、それほどの意味があるのですか?

医療機関での汚染状況を確認した上で、シナリオを作って、スリッパ由来汚染で関係者がどの程度曝露を受けるか推計するしかないじゃろ。

医療機関の床の汚染状況は毎月確認されているのではないですか?

トイレ以外だと通常の管理測定だと汚染が検出されないことがほとんどなのでこの研究ではそれよりも感度が高い測定を試みておる。

結果はどうでした?

ある施設の例じゃ。他もだいたい同じレベルじゃ。

表2.A施設における測定結果
場所 核種 汚染面密度(Bq/cm2)
管理区域内トイレ Tc- 99m 8.5
F – 18 20.4
保管廃棄室 Tc- 99m 0.0015
処置室 Tc- 99m 0.0012
準備室 Tc- 99m 0.0008
廊下 Tc- 99m 0.0002
スリッパ Tc- 99m 0.0002
体外計測室 Tc- 99m 0.0005

限度と比べてどうですか?

どうしても、トイレは汚染するが、法令での限度は40 Bq/cm2だから、核医学施設内の床は10万分の1程度というところじゃ。

管理区域内でもきれいなんですね。計算シナリオはどうなっていますか?

以下のようじゃ。
① 院内職員
*安全側に見て、受付職員は座った状態
*足は汚染床に密着、椅子の高さは40 cm
*8時間/日、5日/週、52週/年勤務として年間評価
② 核医学検査室受付、病院内の待合室あるいはとある場所の幼児
*安全側に見て、幼児は床に這い這いの状態
*幼児の腹部を中心に足2足分の範囲で衣服にすべてのRIが付着(汚染).
*衣服を脱ぐまで(8時間)、被ばくする
*年4回、母親あるいは当該幼児の病気のために通院として年間評価
③ 外来患者、家族、介護者
*院内で2時間座って待っているとし、年間4回通院すると仮定して、年間評価
⑤ 入院患者A
*幾何学的条件は、院内職員と同様
*院内で合計0.5時間/回座って待っているとし、年間100回検査を受けるために待つと仮定して、年間評価
⑥ 入院患者B
*病室のベッドの下に汚染が拡大したと仮定
*24時間ベッドに寝ており、1ヶ月間入院した場合の年間評価
⑦ 清掃職員
* 汚染面から従事者の皮膚の距離を15cmとし、その距離で5分間滞在。これを1週間で5回繰り返す。一回の投与数量は260 MBq(3.7 MBq/kg, 体重70kg)とし、待機室の滞在時間を40分間とした。PET診療室に移動する前にトイレで排尿するとし、この時排泄する放射能は残存放射能の20%とした(厚生労働科学研究(井上班)報告書。なお、その後は体内に投与されたFDGは代謝されずトラップされるために尿中にはほとんどでないと考えられる)。排尿した尿のうち5%で周囲が汚染されるとした。

計算結果はどうですか?

このようになっておる。
1) F-18の汚染による線量(汚染時の汚染密度を2 Bq/cm2とした場合)
① 受付事務職員の線量
900 cm2の汚染であった場合の職員の実効線量は年間0.4μSv。
② 病院内の待合室の幼児
900 cm2の汚染であった場合の幼児の実効線量は年間45μSv。
③ 外来患者、家族、介護者
900 cm2の汚染であった場合の患者等の実効線量は年間30nSv。
④ 入院患者A
900 cm2の汚染であった場合の入院患者の実効線量は年間270nSv。
⑤ 入院患者B
900 cm2の汚染であった場合の入院患者の実効線量は年間480nSv。
⑥ 清掃職員
(1) トイレにおける清掃職員の平均吸収線量:1.3 mGy/year
(2) トイレにおける清掃職員の線源面の皮膚の平均吸収線量(線源との距離は15cm):32 mGy/year

清掃職員の線量以外はとても少ないですね。
900 cm2の汚染であった場合の幼児の実効線量は年間45μSvだけど、2 Bq/cm2の汚染は、簡単に検出できるから、それ未満の汚染にとどまっていることは容易に確認できそうだね。トイレでの汚染が病院内の汚染の原因だから、トイレでの汚染防止やトイレからの汚染防止策を工夫するのがよいのじゃないかな。

清掃職員も極端なシナリオで計算しておるから、距離を取って陽電子の直接曝露を減らせば皮膚への線量も十分に小さくなる。清掃職員には十分な教育がされておるから問題はない。それにPET施設ではどこもトイレ汚染防止に気を配っておる。さらに、どこまで対策を取るかは、自施設のデータを基に清掃職員の意見も取り入れるとよいのではないだろうか。

履き替えによる転倒リスクはどうなんでしょうか?

データがなくてよくわからない。1/1,000の確率で管理区域の入退出時に転倒すると仮定すると、1000人患者が管理区域に入退出する場合に想定される転倒患者数は6割程度の確率で少なくとも1件の転倒事故が発生すると考えられる。特定機能病院、国立病院・療養所の医療機関を対象に、インシデント事例(患者に傷害を及ぼすことはなかったが、日常診療の場で“ヒヤリ”としたり“ハッ”としたりした事例)を収集し、集計・分析した結果等を広く医療機関、国民に公表している医療安全対策ネットワーク事業(ヒヤリ・ハット事例収集・分析)での平成14年全般コード化情報集計結果によると転倒事故は3739件おこっている。このうち、件数が多かった場面は移動中の1107件(30%)、その他の療養生活に関する場面1241件(33%)で、移動介助で219件(6%)、着替え中には55件(2%)となっておる。

室内で汚染しそうなのはどのような場合ですか?

注意が必要そうなのは、
1.心筋負荷検査(トレッドミルまたはバイク使用運動負荷時)の静脈を確保したライン外れによる汚染。
2.心筋負荷検査(臥床状態にてペルサンチン薬剤負荷による)の静脈を確保したライン外れによる汚染。
3.脳血流検査のダイナミック撮像におけるボーラス注入時の、静脈確保ライン外れまたは、三方活栓操作間違いによる逆流による汚染。
4.骨シンチ検査における早期血流像撮像時におけるボーラス注入時の、静脈確保ライン外れによる汚染。
5.各種検査における薬剤投与ライン抜去時、針先(特にエラスター針使用時)よりのRI飛散による汚染。
6.薬剤投与ライン抜去後の止血不良による血液漏れによる汚染。
7.導尿バック使用患者のライン外れによる汚染。
この他には、バイアル等で供給された放射性医薬品のシリンジへの分注時の汚染がありえるとの指摘がある。スリッパ履き替えを取りやめた場合には、これらによる放射能汚染の拡大を防止する措置を講じる必要があるじゃろ。

法令はどうなっていますか?

医療法では、診療用放射性同位元素使用室への出入りにおいて、患者が履物を交換するという規定は設けられていない。医療法第25条第1項の規定に基づく立入検査要項においても、特段の規定は設けられていない。ただし「医療監視要項」の、放射線管理6の中で、6−6の取扱者の遵守事項1)作業衣の着用とあり、
1)取扱者遵守事項が守られている。
2)診療用放射性同位元素使用室又は廃棄施設においては作業衣等を着用して作業している。
と記載されている。この規定において、放射線診療従事者については専用のスリッパを使用するように規定しているとも考えられる。
東京都のマニュアルでは、「(2)核医学検査室 1 RI検査室の出入りで、RI専用スリッパの履き替え時には付き添う。」という表現がある。この表現は、スリッパ履き替えを汚染拡大防止のため当然必要な行為と捉えたものであるようじゃ。すなわち、医療法施行規則第30条の20第1項第1号の作業衣等にはスリッパも含まれると東京都では解釈しておる。

海外ではどうですか?

おそらく履き替えているのはわが国のみ。
オーバーシューズの使用も減ってきているとされているようじゃ。

まとめるとどうなりますか?

これまで核医学施設では患者の履物の交換がなされておった。しかし、その有効性についての科学的な根拠はなく、常識的に習慣的にされていたものとであるようじゃ。
日常の診療で、十分な配慮がなされていれば、診療中に全く気づかないままに核医学施設の床に大きな汚染が起こることは考えがたいし、日常診療における床のわずかな汚染に由来した他の患者等の被ばく線量は十分に小さい。従って、医療機関が放射線防護上必要な配慮を行えば、転倒の危険性が高い患者において、必ずしも、核医学施設の出入りにおいて、履物を交換する必要はないと考えられる。その場合の放射線防護上の措置としては、汚染事故やその拡大防止策が講じられていることが求められるじゃろ。
他方、男子トイレでは比較的大きな放射能汚染が発生する可能性がある。このため、汚染防止や汚染拡大策を取るとともに、清掃作業者の無用な被ばくを避ける工夫を継続して欲しい。

他には、どんな問題がありますか?

スリッパを共用するのに抵抗があるという意見があるので、紫外線照射などの装置を用いるかどうかも課題になっているようじゃ。医療安全は様々な面から考える必要があるから、関係する職員で納得できるようにルールを定めて欲しい。

関連記事

歩行困難な患者の安全な核医学検査のためのガイドライン(案)

参考情報

病院による説明

入室時に靴を履き替えるのはなぜ?

学会の理事会の議事録

患者のスリッパの履き替えについては,法的には必要がないことが指摘された。

学会発表

核医学検査室におけるスリッパ履き替えと転倒リスクの検討

労働安全衛生法

電離則では従事者に対して汚染防止する履き物を用意する必要があると規定している

第三十九条  事業者は、別表第三に掲げる限度の十分の一を超えて汚染されるおそれのある作業に労働者を従事させるときは、汚染を防止するために有効な保護衣類、手袋又は履物を備え、これらをその作業に従事する労働者に使用させなければならない。
2  労働者は、前項の作業に従事する間、同項に規定する保護具を使用しなければならない。

感染症対策上、望ましくないとして汚染拡大シートの利用が禁じられた例

そのような例があるとの情報を頂きました。

汚染拡大シートの利用状況などを調べた例

前田裕幸.核医学施設の管理区域内での汚染状況と対策効果について−ハンドフットクロスモニタでのスリッパ汚染測定の検討−
前田 裕幸.核医学施設の管理区域内での汚染状況と対策効果について-ハンドフットクロスモニタでのスリッパ汚染測定の検討-

                      

記事作成日:2010/01/27 最終更新日: 2017/11/24

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