放射線って周囲にあふれているから、管理対象の放射線を見つけるのは結構大変ですね。(食品中のγ線を放出するために放射性物質の量を測るために、遮蔽体を用いているのは、このためです)
施設によっては、自然放射線の1cm線量当量率が150nSv/hを超えることもあるから、これを差し引かないで線量を計算すると、3月間では300 μSv以上も過大に評価してしまい、敷地境界の線量限度を超えてしまう。だから、まず測定値を正味の値にする必要がある。
正味の値って何ですか?
正味の値とは、施設の放射線利用による線量の増加分だ。
計測の方法で変わるのですか?
測定で、どの程度の増加分を見つけられるかは、測定の方法や測定器の選択によって決まる。自然放射線の区別できる最小の線量の増加分を検出限界と言う。
検出限界はバックグラウンドの変動で決まるのでしたっけ。
検出限界は、自然放射線の変動の範囲から導き出される。
自然放射線はどうして変動するのですか?
高エネルギーの宇宙線がたまたま降り注いだり、ラドン-222が多量に吸着した微小な煙粒子が漂ってきたりすると、高い線量率になることもある。あるいは、測定者の体内のK-40が観測時間内にまとめて多く崩壊することがたまにあるじゃろ。このため、「変動の範囲を超える」とは、自然放射線を計測していても、その値を超える確率が少ないことを言うわけだ。(東京電力福島第一原子力発電所の事故以降は、それに原子力発電所事故により環境に放出された放射性物質からの放射線も加わっています)
自然放射線による変動の範囲を超えるから、管理対象線源からの放射線があるということですね。
でも確率現象だから、その判断が誤っていることがある。誤る確率は有意水準で与えられる。
タイプ1のエラーってあわて者エラーでしたっけ。
本当は、管理対象の放射線がないにも関わらず、誤って自然由来じゃないと判定する確率だから、大きめに設定すると、再検査の手間が増えてしまう。反対に厳しくすると不要な再検査は避けられるが正味の増加を見落とす可能性が増加してしまう。
出た。いつものトレードオフですね。
3σをとっていますって聞くと、エラーを減らしているように思うかもしれないけど、ちょっとリークが増えていても、自然放射線の変動の範囲とみなすことだから、検出限界が気になるところですね。
自然放射線の変動はどう考えればよいですか?
自然放射線計測値の「変動の範囲」は、データの散らばりの程度で決まる。散らばりの程度を散布度と言うが、標準偏差はその代表的なものだ。自然放射線を繰り返し測定することで、自然放射線計測データの分布を得て、標準偏差を計算することができる。自然放射線計測データの分布が正規分布と見なせる場合には、標準偏差とその標準偏差を超える確率などが関係付けられる。
放射線計測だと平均値が分散に等しいって聞くけど、どういうことですか?
ある観測時間に観測される自然放射線の数は、周囲の放射性核種がその時間内に崩壊し、放出された放射線が検出器に入射し相互作用を起こしたものだ。
ここで、検出器周囲の放射性核種の数が、ある観測時間内は一定とすると、計数される放射線の数は、平均np、分散np(1-p)の二項分布に従うと近似できる。
2項分布は、表か裏の2つに1つの事象を繰り返し試行した時の表の数の分布だ。
この例は単純化して核種の種類を一つにして、ある時間内に崩壊する確率がpの放射性核種数が検出器の周囲にn個としておる。
pが小さくnが大きいときには、二項分布はポアソン分布に収束する。
λはnpじゃ。
最初の項は確率変数Xが値kである確率で、次の項は、その確率が観測期間中の期待観測数がλのポアソン分布で事象がk回起こることと等しいのを示しているのですね。
統計で習ったことはここでも役立ちますね。
医療事故の統計解析とも同じだ。
つきつめるとどの分野の問題も原理的には統一されるのかもしれない。
放射線だけが特殊な世界ではないのじゃ。
むしろ普遍的ではないかな。
検出限界を小さくするにはどうすればよいのですか?
自然放射線の変動の程度を小さくすればよいから、
1)周囲の線源を遠ざける。
2)遮へいして低バックグラウンド環境にする。
3)測定時間を長くして偶然変動を相対的に小さくする。
4)測定回数を増やして偶然変動を相対的に小さくする。
5)計数対象の放射線のエネルギー領域を限定する。
などが考えられるだろう。
各標本の平均値から得られる分布の散らばりの程度は標準誤差(=各標本の平均で作られる分布の標準偏差)で与えられるから、複数回の測定の平均値を用いると、より小さな検出限界を得られるということですね。
低バックグラウンドにするにはどうすればよいのですか。
環境放射能測定では、測定器の周囲を遮蔽し測定時間を長くしている。金沢大学では世界でも有数の極低レベル放射能測定設備が旧尾小屋鉱山のトンネル内に設けられておる。この設備には金沢城の建材が遮蔽体として用いられ、検出器も放射性同位体の含有率が少ないものが使われており、自然放射線計数率を小さくするともにその変動を小さくすることで検出限界を高くする工夫がされているわけだ。
核医学分野でコリメータを使うのと同じことですね。
検出限界は、その値が偶然変動では考えがたいという思想から導かれているだけど、逆に、検出限界に相当する量だと、確実に検出されるのだろうか?
検出限界に相当する数量でも、たまたま、計測時間中の崩壊数が少なかったり、検出器との相互作用が想定よりも小さくなると応答数が少なくなる。
放射性核種の崩壊も検出器との相互作用もともに確率現象であることですね。
ということは、これだけあれば、一定の確率で検出されるという量は少し少なくなることか。
丁寧に議論すると、偶然の変動範囲を超える何らかの試料によるシグナルが観測されていると判断する基準は、棄却限界となる。
これだけあれば、何とか検出できるであろう検出限界は、棄却限界よりも大きくなり得ると言うことですね。
同じ正味計数であっても、そのチャンネル毎の計数分布でピークかそうでないかを検出する確率が異なるのであれば、それを考慮してシミュレーションで評価するとよいのではないだろうか。
環境省.統一的基礎資料
ISO
ドイツの規制
Method to account for measurement uncertainties when performing metrological tests within the scope of the German X-ray Ordinance (RoeV) and the German Radiation Protection Ordinance (StrlSchV)
Development of decommissioning standards in Germany, integration at EU level
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1kg生試料に対して、Cs-134, Cs-137でそれぞれ0.4Bq/kg生
緊急時(マリネリ2L)
Cs-137[Bq/kg]
試料名 | 供給量 | 計測時間 | |||
---|---|---|---|---|---|
10分間 | 30分間 | 1時間 | 10時間 | ||
陸水 飲料水 牛乳 | 2L | 80 | 48 | 32 | 12 |
葉菜 | 1kg | 80 | 48 | 32 | 12 |
用語の説明2>棄却限界 critical limit
正味の計数値がプラスであった場合に線源が存在すると考えてよい(=と考えることが合理的とされる)値の範囲の最小値。
放射線源が存在しなくても、バックグラウンドの偶然変動により、正味の計数はプラスになったりマイナスになったりします。
このため、正味の計数値がプラスであったとしても、それが線源の存在を保証するとは限りません。
線源が存在しない場合に、ある正味の計数値が得られる確率を考え、
十分に小さい確率であるにも関わらず、その正味の計数値が得られた場合に、
バックグランドの偶然変動ではない(=何らかの線源の存在を意味する)と考えます。
この限界を棄却限界と言い、確率(=有意水準)の関数で与えられます。
棄却限界を超えない計数は、真の線源に由来した計数であることを否定はできないのですが、
線源がなくても観測され得る値であるために、線源があるとは判断しないということです。
棄却限界は試料がない状態でのバックグラウンドの変動の程度から誘導されます。
棄却限界の計数があれば、バックグラウンドの変動の程度を越えると判定できますが、
棄却限界の計数を示す試料を計測しても、それを正しく正味の計数ありと判定できるとは限りません。
FAQ2>検出限界とは、そのレベルであれば間違いなく検出される量のことですか?
検出限界の定義に依存します。
Kaiser法(いわゆる3σ法)
バックグランド計測ないしはブランク試料計測時の変動の範囲からのずれに着目した場合には、検出限界は偶然変動の範囲外であることは保証しますが、そのレベルのものを確実に検出できることは保証しません。
Currie法(ISO11929)
Kaiser法での考え方に加えて、検出限界の試料が有意な値がないと誤判定される確率も制御しようとしています。このため臨界値の概念が導入されています。
「定量限界」という用語は適切ですか?
それ未満では定量値が示せないことと、それを超えても定量値が示せないことがあるので、明瞭にするには、定量下限とすべきという考え方があります。
「検出下限」という用語は適切ですか?
検出上限という概念はないと考えられますので、整合性に欠くという考え方があります。
ただし放射線計測ではGM管の計数では窒息現象があることが知られています。
また、波高分布を計測するシステムでは計数率が高いとパイルアップすることが知られています。
同じ種類の結晶でそのサイズも同じで遮蔽体も同じようなものを使っていながら、カタログの「検出限界」が大きく異なっていることはあるのは何故ですか?
残念ながら放射線計測分野では、検出限界の概念が統一されていません。
このため、測定システムの性能は示されている「検出限界」の値では評価できない状況です。
どのような定義に基づく「検出限界」か、また、どのような環境で成り立つものかを確認する必要があります。
参考資料
上本道久.検出限界と定量下限の考え方(pdf file, 823kB)
厚生労働省の事務連絡
食品中の放射性物質の検査結果について(平成23年9月29日)
検査結果について、放射性物質が不検出、または定量下限値未満であった場合には、検査結果欄に「<(検出下限)」を記載すること。なお、検出下限については測定時に得られる検出下限値を記載すること。
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