クリアランスレベルの測定

Q.バックグラウンドの変動の3σを超えなければ、有意ではないと考えればよいのではないですか?

解説記事

酒井 宏隆, 吉居 大樹, 川﨑 智.低濃度放射能測定におけるISO 11929に従った測定の不確かさと特性値の導出

Q.バックグラウンドの変動の3σを超えなければ、有意ではないと考えればよいのではないですか?

A.クリアランスレベルに関する測定では、
・クリアランスレベルを超えていないのに超えていると判定する。
・クリアランスレベルを超えているのに超えていないと判定する。
という二種類の誤りを制御する必要があります。

「バックグラウンドの変動の3σを超えなければ、有意ではない」というのは、前者の誤りを小さくしようという考え方です。

しかし、放射線安全管理測定で求められるエラーの制御は後者の誤りです。

このため、その測定が十分な検出感度を持っていることを保証することが重要になります。

Q. 主な寄与核種がCo-60,Eu-152であるコンクリートでサンプル表面での線量率が8nSv/hを超えていないことが証明できれば、クリアランスレベルが下回るとできるとありますが、1時間で8nSvだと1日で0.2µSvになり、50日で10µSvを超えるのではないでしょうか?

A. サンプル表面での線量率が8nSv/hを超えなければ、それを廃棄した場合の廃棄物由来の線量が1年間あたり10µSvを超えないことが示せることになります。
その廃棄物をずっと胸に抱えるというシナリオは非現実的なので想定する必要がありません。

Q.通常の環境でも時定数を考慮して線量率を測定すれば、クリアランスレベルを下回ることを示せるのではないですか?

A. BGの線量率が64nSv/hであるとすると、見落としを0.1%にするには、BGとサンプルの測定をそれぞれ52回以上行うことが必要になります。

しかも、この測定ではそれぞれの値が正しく読み取れることが前提になります。
粗い読み取りしかできない場合には、クリアランスレベルのサンプルの見落としが否定できません。

Q.試料を大きくすると放射線は検出しやすくなるのですか?

A.濃度が均一の試料では、試料サイズを大きくすると、放射線を検出しやすくなりますが、その効果には限界があります。
単純に考えるために円盤状の線源を考え、その中心で放射線を計測してみましょう。
円の半径を増加させた場合の円の面積の増加は、半径の倍になります。
増えた面積から検出器に飛んでくる単位放射線放出あたりの放射線の量は、距離の二乗に反比例します。
従って、円の面積を増加させた場合の計測する放射線の数は半径の逆数に比例します。
これを積分すると対数になります。
この計算から、試料サイズを大きくすることには限界があることが理解できます。
自己吸収が考えられる場合には、さらにこの効果が大きくなり、図に示すように半径50 cmでほぼ9割程度に飽和します。

実際には、大きなサイズの試料では遮へい体としても働くために、試料測定中の計数値が大きくならないことがあるために、遮へい体としての試料を考慮してバックグラウンドを評価することがあります。

Q.測定にコストをかけると放射線管理上全く意味のないわずかな汚染を検出し、混乱することになるので、感度のよくない測定法を放射線管理では採用すべきではないですか?

A.過剰なコストをかけて放射線管理することは適切ではありません。しかし、感度を下げた測定は、第1種の過誤を小さくするものの、第2種の過誤を大きくします。第2種の過誤を十分に小さくしておけば、第1種の過誤をさらに小さくするというのはバランスの取れた考え方ではありますが、安全性確保の観点からは、できる範囲で精度よくデータを得ておくことが望ましいと考えられます。
単に第1種の過誤を小さくして、見かけ上、NDにするという対応は、表面的であり、本質的ではありません。
むしろ、ごくわずかな検出値の意義を正しく解釈するリテラシー能力の向上が求められます。

参考

GMサーベイメータでの10分間計測例

surfaceは試料A、depthは試料Bである。前者はクリアランスレベルを超え、後者は超えません。
BGは、202 count/10 minであり、低BGにしています。
低BG環境でも、GMサーベイメータではクリアランスレベルを超えないことの証明は困難ですので、NaI検出器などを用いる必要があります。

関連記事

有意な放射線って何?

事例

日本原電

東海発電所「放射性廃棄物でない廃棄物(NR)」の「念のための測定」における有意な値の検出について

練習問題

この後、日本原電東海発電所でのクリアランス作業が3ヶ月間停止しました。
(1)あるレベルを超えているか超えていないかを判定する場合に、2種類の誤りがあります。それらの誤りを簡単に説明して下さい。
(2)このプレスリリースの改良の余地があると考えられる場合には、どこを改善すればよいか述べて下さい。
また、改良の余地がないと考えられる場合、今後、医療機関で放射性廃棄物のクリアランスが導入される場合に、このままではどのような問題が生じ得るか述べて下さい。

解説

(1)出題者が想定した正解は、タイプ1とタイプ2の誤りです。
タイプ1の誤りは、本来は、レベルを超えていないものを超えているとみなす誤りです。
タイプ2の誤りは、本来は、レベルを超えているものを超えていないとみなす誤りです。
有意な放射線って何?
検出限界って何ですか?

回答例

  • ほとんど正解例
    • 微小なカウントでは客観性を重んずべきで、有意差を見逃さないように回数を増やす必要があるのではないか?
    • 正しい発想だと思います。測定回数を増やすことはタイプ2の誤りを小さくします。見つけられる有意差の大きさは、検出力の大きさに依存します。どのような差を見逃してはならないかを考えることが安全評価では重要になります。
  • 判定基準が誤っている
    • 判定基準は人体影響のリスクの大きさで決めるべきであるが、それを決めるときに誤りが混入する。
    • 検出基準を判定基準にするべきではない(=クリアランスレベルと比較しない判定に意義はない)。NRの定義を誤って使っているのではないか?
      • 日本原電や原電が属する業界では、NRも判定基準として導入されています。このプレスリリースで示された判定も「放射性でない廃棄物」の概念で示された基準には従っています。しかし、NRを何のために導入しているのかはメディアには伝わっていない状況です。
  • 測定の代表性
    • 試料の状況に応じた測定をする必要がある。一カ所で検出されなくても他の部位で検出されるかもしれない。あるエリア内のA点、B点、C点すべてが同じ値になるとは限らない。
    • 測定の代表性を確保することは重要。これも見通しのエラーの制御に帰着します。
  • 測定法が不適切
    • 測定器が異なると検出限界に近いと測定器の個性によっても値が異なるのではないですか?
      • 同じ測定器でも測定法で検出限界は異なります。また、使い方が正しくないと正しい値は得られません。講義でデモしたツムラの三朝温泉の湯の花は、デモ中の測定では有意な計数は得られていませんが、工夫すれば同じGM計数管でも有意差を検出することができます。
    • 測定法が誤っているのではないか?測定器を正しく選択し、正しくBGを計測する必要がある。測定時間にも配慮する必要がある。
      • 基準が正しい場合には、タイプ2エラーをきちんと確保した測定を行えば、その目的は達成されるでしょう。その観点で測定の質の担保は重要でしょう。
    • 管理区域内で測っているのが適切ではない?
      • 測定の条件が守られていればよいのではないでしょうか。
    • 初期値の設定で初めの値が0でなければ値は正しくない。
      • そのようなミスはほとんど考えられないのではないでしょうか。
    • 放射性崩壊はランダム現象なので測定値が毎回異なりうる。得られた値がどの程度の真の値との差(誤差)を生じているのかわからない。
      • 放射性物質に関する測定値の判定や解釈では、その性質を必ず考慮しています。放射性物質からの放射線計測でポアソン分布の適用が可能な場合には、放射性崩壊のランダムさによる不確かさは容易に推定できます。
    • 直接測定では、対象物以外の線源からの放射線を計測している可能性がある。
      • BGを適切に設定すれば、タイプ1の誤りは制御されます。
    • 「NR判断時の測定」と「念のため測定」の測定条件を比べると前者の方がよい状態での測定であることが多く、念のための測定と同一にできない。
      • 念のための測定は、NRであることの確認として行われています。
  • その他
      • 測定法を全く同じにする必要があるのではないか。
        • タイプ1のエラーが制御されていれば方法は異なっても目的は達成されます。
      • 検出限界を超えたかどうかという情報だと量が判断できない。
        • 確かにある基準を超えたかどうかだけではなく、どの程度上回ったかも関心を持つのは悪いことではないと思います。ここでは検出限界を超えたかどうかだけでなく、正味の計数率も示されています。
    • 測定日と判定日が異なっている。測定してから判定する日まで減衰が期待できるので、レベルを下回る可能性がある。
      • 検出されたのはCo-60なので少なくとも月単位では大きな減衰は期待できないでしょう。

(2)原電の念のための測定でのCo-60検出のプレスリリースに対する意見

  • 原因が不明であっても、考えられる可能性を読者に判断の材料として提供すべきではないか。
  • 報告者が余計なことは言いたくない、知らせる必要がないと考えているように思えます。
    • 担当者は情報を隠そうという意図は持っていないようでした。
  • 再発防止策も提示して真剣に対処しようとしている姿勢を示すべきではないか。
    • その後のプレスリリースでは詳細な原因と再発防止策が提示されています。もちろん、関係者はとても真剣に対応されていました。
  • 一般の人を突き放すのではなく巻き込んでいくべき。
  • そもそもプレスリリース資料を作成すべきではなかった(複数人からの回答)。プレスリリース資料を作成すべきではなかった理由は、(1)原因不明なままプレスリリースすべきではなかった、(2)放射線防護上の意義が乏しいので、このような形でのプレスリリースは不要ではないか、というものでした。
    • 一般的には、適切なタイミングでの情報の提示は人々の不安を解消させる方向に働きます。また、報告基準を超えないので発表しないとすると、あらかじめ報告基準を決めておき、それを関係者との間で合意しておく必要があります。リスクコミュニケーション的な考え方としては、情報の後出しは適切ではないとされます。また、報告基準を超えていないとしても、その事象が想定内のものであり事前シナリオが破綻していないことを説明する必要があるでしょう。
  • 「測定結果は、検出限界計数率 1.22cpm に対して 39.5cpm であり、この値は、クリアランス基準と比べて 1/30 程度と十分低いものと評価できます。」とあるが、これだけでは、十分低いが理解できないので、わかりやすく説明すべき。
  • 放射能が検出されているのに、「環境への放射能の影響はありません」とある結論が一般の方には理解できないのではないか。
  • 検出限界は測定法に依存するので、検出されたかどうかにあまり意味はない。
  • フロー図によると、測定値は保管するとあるが、保管するだけでよいのだろうか?見直さないのか心配になる。
  • プレスリリース資料にNRの基準が示されていない。NRの考え方が不適切ではないのか。この基準を単にあてはめると医療が止まってしまう。
  • 平成20年9月の社内規定制定以前は適切に管理していたのか心配になる。
  • ここでの検出限界がどのようにして導出されたのかを示すべき。
  • 測定の条件やNRの判定基準を記述し、原電の考え方が追えるようにした方がよいのではないか。
  • NRであると考えられるものでも測定をしているのは、安全性のアピールに役立つかもしれないが、そこまでチェックしないと安全が確保できないと誤解を与えるのではないか。「念のための測定」の目的を明示する必要があるのではないか。
  • NRを超えるものの排出が十分に制御されていることを説明するのがよいのではないか。
  • 39.5cpmが有意な値(=BGの偶然変動を超える値)であることの評価が必要。
    • 検出限界を超えた値であるので、BGの変動内であるという帰無仮説は棄却できると考えられるでしょう。
  • 事象のインパクトがよく理解されないのではないか。原因究明をどう進めるかが理解されないのではないか。「クリアランス基準の1/30と十分低い」のであれば何が問題なのか疑問に思う。
  • 放射能があるものをNRと区分していたのが問題なので、システム的な問題がないかどうか検証すべきではないか。
  • 計数率では意味合いがよく理解できないので線量をイメージしやすいBqや線量での表示を補うとよいのではないか。
  • NRかどうかと検出限界を超えたかどうかの違いがよく理解できない。
    • この業界では、ある測定法を仮定して、その測定法で検出限界を超えないものをNRと区分するとしています。この事例は仮定した測定法よりも、感度がよい測定を行っていると考えられます。
  • 問題の所在がよく理解できない。
  • 技術的な記述が多く専門的な知識がないと理解できない。
  • 検出限界の40倍の計数率でも安全であることの説明が必要ではないか。
  • 測定そのものが行われるべきではなかったのではないか。
    • 測定コストへの考慮も必要ですが、測定することそのものは誤りとは言えないのではないでしょうか。廃棄物を受け入れる側への配慮という観点でも測定は重要ではないでしょうか。

プレスリリース資料のあり方
どのようなプレスリリース資料が望まれますか?
専門部署以外の人に理解できるかどうかの観点で確認を求めてもよいでしょう。

東海発電所「放射性廃棄物でない廃棄物(NR)」の「念のための測定」における有意な値の検出について(総点検結果と再発防止対策の実施状況)

消費者危険をもたらす判定の誤りへの測定の不確かさの影響

クリアランスレベルは安全裕度を設けて設定しており、測定の不確かさも考慮しているのではないですか?

測定の不確かさは、測定の品質に依存していますので、その測定の質の保証が別に必要ではないでしょうか。

審査における議論例

クリアランスでの不確かさの扱い

考慮している例

JAB NOTE 10 試験における測定の不確かさ評価実践ガイドライン JAB RL510:2015
試験結果の判定への不確かさの利用
社団法人 日本計量振興協会.活用のための調査研究報告書 平成23年度 測定の不確かさの活用のための調査研究報告書(平成24年3月)

費用

放射性同位元素等の規制に関する法律の一部を改正する法律並びに関係政令、省令及び告示の施行について【平成24年03月】

パブリックコメント

クリアランスの測定及び評価の方法の認可に係る審査基準案に対する意見募集について

規制影響分析

クリアランス制度の導入に関する規制項目
クリアランス物管理システム運用費

議論例

甲斐 倫明, 山田 崇裕, 橋本 周, 山本 正史, 山田 憲和, 酒井 宏隆, 荻野 晴之, 米原 英典, 服部 隆利, 山口 一郎, 佐々木 道也, 日本保健物理学会2021年度企画シンポジウム国際対応委員会セッション「IAEA DS499(免除)及びDS500(クリアランス)の動向と論点―総合討論」, 保健物理, 2021, 56 巻, 3 号, p. 156-159, 公開日 2022/01/06, Online ISSN 1884-7560, Print ISSN 0367-6110

山口一郎.社会との関わりの観点から

安全性の評価における検定の多重性の必要性に関する議論例

If significance tests of safety out- comes(when not primary outcomes)are reported along with the treatment-specific estimates, no adjustment for multiplicity is necessary.

Statistical Reporting Guidelines,New England Journal of Medicine

記事作成日:2010/07/16 最終更新日: 2024/08/19