放射線の白内障発症リスク

放射線が水晶体周辺部皮質混濁を引き起こすことを示唆する研究結果が得られています。

放射線取扱作業者の線量限度は、眼の水晶体に対して150 mSv/yであり、これは、原爆被爆者に被ばく後2~3年後頃から発症した原爆白内障の知見に基づく。しかし、その後、放射線の遷延性の影響として老人性白内障があることが明らかになり、原爆被爆者の白内障の再評価が始まっている。この再評価は、水晶体に対する放射線影響の新たな生物学的事実の発見、新しい眼科障害評価法の開発、新しい疫学的交絡因子や危険因子の発見などに基づいている。

従来、放射線の眼の水晶体への影響は、被曝後、主として2-3年(0.5 – 35年)で細隙灯顕微鏡検査により観察される後嚢下部軸混濁が出現し、その閾値は、0.5-2.0 Gyであり、視力障害をきたすことなく長期に安定しているとされてきた。また、より高い線量では、視力障害を伴う放射線白内障を発症するが、その閾値は、5Gyであるとされてきた。このように被爆者の後嚢下部軸混濁や多色性変化などの水晶体所見に線量との関係が認められたが、周辺部混濁(所謂、老人性白内障)には線量との関連は認めなかった。しかし、これに反する知見が、その後、得られている。Wideらは、血管腫に対し放射線治療(1-8Gy)を幼児期に受けた患者の照射を受けなかった側の眼に(最小で0.1Gy)、照射30-45年後に、後嚢下部軸混濁の水晶体変化があることを認めた。Brownは放射線に起因した水晶体上皮細胞障害がかなりの年数を経て偏在化する可能性を指摘した。Kleinらは、Beaver Dam Eye Studyで、調査対象の4926人のうちコンピューターX線体軸撮影法(CAT)834人と16.9%のみではあるが、水晶体後嚢下部混濁 (95% CI: 1.08-1.95)と水晶体核混濁 (95% CI: 1.02-1.1.61)で検査履歴と関係があることを認めた。ここで、CATで水晶体が受ける線量は6-80 mSv(眼の水晶体の等価線量として示されています)とも推定している。錬石和男らは、術後白内障症例479人を含む、2000年から2002年に健康診断を受けた推定線量の判明している原爆被爆者3,761人を対象に、線量反応を推定するためロジスティック回帰解析を行い、尤度プロファイル法を用い最適閾値モデルの決定を試みている。その結果、1 Gy当たりのオッズ比 1.39、95%信頼区間 1.24-1.55で術後白内障の有病率に統計的に有意な線量反応増加が認めた。線量を0-1 Gyに限定すると線量反応は示唆的となり、有意ではない閾値0.1 Gy(95%信頼区間 <0-0.8)が認められ、これまで推測されている閾値2-5 Gyよりかなり低く、全く閾値がないという考えとも統計学的には矛盾しない結果を得ている。また、宇宙飛行士を対象にした調査では、Cucinottaらは、NASAの Longitudinal Study of Astronaut Health (LSAH) と個人の職業上の被ばく情報を組み合わせることで、水晶体に8 mSvを超える曝露があった宇宙飛行士で、白内障のリスク増加を検出している。
また、後嚢下部軸混濁だけではなく、周辺部混濁と放射線との関係でも新しい知見が得られている。重度の周辺部混濁は一般集団では52-64歳で5%、65-74歳で18%、75-84歳で46%に観察され、軽度の混濁はそれぞれ41%、73%、91%出現しており、これらはいわゆる老人性白内障といわれているものである。1980年代初めの放射線影響研究所が実施した成人健康調査(AHS)対象者に対する眼科調査では、水晶体周辺部の皮質混濁(いわゆる老人性白内障)には原爆被爆の影響はないとされてきた。しかし、2000年6月から2002年9月まで成人健康調査(AHS)対象者に対し行われた眼科調査では、873人について解析が行われ、その結果、原爆被爆後30数年以降に発生した後嚢下混濁および水晶体周辺部皮質混濁の二つの型の白内障に新たに放射線の影響があることが分かった。この結果は、小児期に血管腫の放射線治療を受けた人において、30−40年後に上記の型の白内障が増加したというスウェーデンの研究報告に合致する。
一方、医療従事者へのリスクに関しては、血管内治療を行う医師に白内障やレンズ内の混濁が発生するリスクが高いという報告が2004年のRSNAでなされ、わが国でも日本脳神経血管内治療学会放射線防護委員会では、学会中に学会参加者を対象に実態を調査した。
この調査は、第20回日本脳神経血管内治療学会で191人の脳血管内治療医を対象に水晶体を検査した。被ばく線量と水晶体の混濁の関係は見いだされていないが、差の検出力が十分ではないことや水晶体の混濁を無散瞳で眼科検査装置を用いて判断していることの限界がある。また、第35回日本IVR学会でIVR学会防護委員会がIVR術者の水晶体への被ばくによる影響を金沢医科大学眼科学教室の協力を得て調査した。対象は、主として腹部IVRを施行し、IVR件数が500件を超える医師である。左眼を散瞳させて、眼科医による診察を行った。

平成18年度の測定データでは、長瀬ランダウア社で計測した医療従事者89,232人のうち、診療放射線技師の平均水晶体線量は、3.37 mSvと医師の2.32 mSvと比べて高く、検出限界を下回った割合も、21.6%と医師の60.0%に比べて低い。平成20年度のデータでは、医師の0.6%が頭頸部の1cm線量当量がICRPが勧告する線量限度である50 mSvを上回った。また、千代田テクノル社で計測した医師50,454人、診療放射線技師23,904人では、平均水晶体線量はそれぞれ0.59 mSv、 1.12 mSvと診療放射線技師の方が高い。
高橋が、平成19年度日本学術振興会科学研究費補助金により、診療放射線技師の人員を調査したところ約4万人が病院等に就業しており、そのうち女性技師は約6,000人を占め、放射線を利用した職業ではかなり多くの割合になると思われる。これは、その被ばくに伴う不安やストレスを感じている女性技師が多数いるのではないかと予想される。また、就業期間中は、電離放射線障害防止規則により健康診断が実施されているが、定年後はまったくフォローされておらず長年の低線量被ばくによる影響は不明である。

文献

1)放射線リスク評価のための低線量反復被曝集団の疫学調査研究について
2)原子力発電施設等放射線業務従事者等に係る疫学的調査報告講演会講演要旨
3)Cancer Mortality among Radiological Technologists in Japan. J Epidemiol, 1999; 9 61-72.

RERFによる解説

放射線白内障(水晶体混濁)
Epidemiological Studies of Cataract Risk at Low to Moderate Radiation Doses: (Not) Seeing is Believing(pdf file, 217kB)

関連記事

医療機関で放射線を扱うことのリスクは大きいですか?
放射線診療従事者の白内障のリスク

IAEAでの活動成果

IAEA Cataract studies published

IAEA Cataract study

CIRAJ-BJELAC, O., REHANI, M.M., SIM, K.H., LIEW, H.B., VANO, E., KLEIMAN, N.J., Risk for radiation induced cataract for staff in interventional cardiology: Is there reason for concern? Catheter. Cardiovasc. Interv. (Jun. 2010).

VANO, E., KLEIMAN, N.J., DURAN, A., REHANI, M.M., ECHEVERRI, D., CABRERA, M., Radiation Cataract Risk in Interventional Cardiology Personnel. Radiat. Res. (Jun. 2010).

IAEA TECDOC 1731

Implications for Occupational Radiation Protection of the New Dose Limit for the Lens of the Eye

ICRP

Statement on Tissue Reactions
2011年4月17-21日に韓国ソウルで行われたICRPの主委員会の会合で、組織反応に関するステイトメントが承認されました。(pdf file, 90kB)
このステイトメントでは、最近の知見から眼の水晶体のしきい線量を0.5Gyと見なすこと、計画被ばく状況の職業被ばくに対する眼の水晶体の等価線量限度(Publ. 103 では150 mSv)を5年間の平均で年20 mSv、年最大50 mSvにすべきであることが勧告されています。
また、不確かさがあるものの、循環器疾患のリスクが高まるしきい値が心臓や脳への放射線曝露量として0.5Gy程度になりえる可能性があり、複雑な手技のIVRではその線量に到達する可能性があるため、医療関係者は最適化で留意すべきとされています。

IAEA

Radiation and cataract
Q&Aで紹介されています。
Implications for Occupational Radiation Protection of the New Dose Limit for the Lens of the Eye

疫学研究例

The O’CLOC study (Occupational Cataracts and Lens Opacities in interventional Cardiology)
European epidemiological study on radiation-induced lens opacities among interventional cardiologists

Sumi Yokoyama Shoichi Suzuki Hiroshi Toyama Shinji Arakawa Satoshi Inoue Yutaka Kinomura Ikuo Kobayashi. EVALUATION OF EYE LENS DOSES OF INTERVENTIONAL CARDIOLOGISTS

IVR学会

防護委員会(古井理事)

放射線防護委員会ではIVR医の目の水晶体の変化を評価する目的で,金沢医大眼科の佐々木教授に依頼,昨年5月の総会(大阪)で会員約180名に対して水晶体検診(散瞳後の水晶体撮影を含む検査)を行った。今年度は,コントロール群(IVR術者としての被ばくの既往がない群,ボランティア300名が目標)の水晶体検診を行い,昨年得たデータと比較して,学会員の水晶体のデータを解析する予定。その第1回目として,5月30日(木)~6月1日(土)に東京でコントロール群の検診を行う準備を進めている。

その結果としてまとめられた論文

Quantitative evaluation of light scattering intensities of the crystalline lens for radiation related minimal change in interventional radiologists: a cross-sectional pilot study

日本脳神経血管内治療学会

放射線障害による白内障調査に関する結果報告
水晶体検診の結果報告

FAQ

海水浴では汚染した水と角膜が直接接するので水晶体表面への線量が高くなり、白内障のリスクが増加するのではないですか?

海水浴時の眼の水晶体への線量は、海水中の放射性核種の濃度と接触時間から推計できます。
線量は小さく、リスクも小さいと考えられます。

FAQ

金沢医大の佐々木洋教授らの研究では、68名のinterventional radiologistを対象にしたScheimpflug slit cameraにより撮影した水晶体画像から水晶体各層の後方散乱光強度を測定し、171名の健常者と比較したところ、明らかな後嚢下白内障は3名のみであったが、水晶体後嚢の後方散乱光強度は、interventional radiologistで有意に上昇しており、後嚢下白内障の初期病変を示唆する所見である可能性であるとのことですが、この変化は、細隙灯顕微鏡による肉眼判定で検出可能ですか?

限界があり、より早期のSubclinicalな水晶体の変化を判定する手法を取り入れる必要があるとの意見もあります。
金沢医科大学 眼科学講座 佐々木洋.放射線白内障の基礎 -IVRに従事する医師の調査結果および現在進行中の東電福島第一原子力発電所事故での緊急作業従事者の疫学調査も交えて-
      

国の対応状況

国では検討が必要としています。

IAEA安全基準上の要求内容(Basis)

(B24) IAEA安全基準において、新たに設定された職業被ばくに関する線量限度「眼の水晶体の等価線量が連続する5年間の平均で 20 mSv(5年間で100 mSv)、どの1年間でも 50 mSv」【GSR Part3 21 Schedule Ⅲ】について、我が国では、本知見を踏まえた対応が行われていない。

自己評価で要改善とされた課題(Recommendation)

(R24) 職業被ばくに関する眼の水晶体の新たな線量限度について、IAEA安全基準を踏まえた対応の検討が必要である。

検討のスケジュール案の例

原子炉安全専門審査会及び核燃料安全専門審査会におけるIRRSにおいて明らかにされた課題のフォローアップの進め方について(案)

平成29年1月から3月に検討とあるようです。

研究での対応

今後推進すべき安全研究の分野及びその実施方針(平成29年度以降の安全研究に向けて)

厚生労働省

放射線業務における眼の水晶体の被ばくに係る放射線障害防止対策について(基安発0418第2号平成29年4月18日)

学会の対応状況

日本保健物理学会

No.1 「水晶体の線量限度に関する専門研究会」報告書(2018年2月)

規制整備の課題

藤通有希,小佐古敏荘,吉田和生,浜田信行.新たな水晶体等価線量限度に関する放射線防護の課題
Nobuyuki Hamada Yuki Fujimichi Toshiyasu Iwasaki Noriko Fujii Masato Furuhashi Eri Kubo Tohru Minamino Takaharu Nomura Hitoshi Sato. Emerging issues in radiogenic cataracts and cardiovascular disease

海外の対応

Directive 2013/59/Euratom – protection against ionising radiation

Final Report Summary – ORAMED (Optimization of radiation protection of medical staff)
Shielding hospital workers from radiation

英国

Simon Bouffler, Elizabeth Ainsbury, Phil Gilvin and John Harrison. Radiation-induced cataracts: the Health Protection Agency’s response to the ICRP statement on tissue reactions and recommendation on the dose limit for the eye lens
HSE: Ionising radiation

規制整備に向けて

Consultation outcome: Regulations on medical exposure to ionising radiation
CD282 – the implementation of Directive 2013/59/EURATOM laying down basic safety standards for protection against the dangers arising from exposure arising to ionising radiation
Impact Assessment (IA) Implementation of the occupational exposures elements of the Council Directive 2013/59/Euratom laying down the basic safety standards for protection against the dangers arising from exposure to ionising radiation – The Ionising Radiations Regulations.
Regulatory Triage Assessment – Department of Health Basic Safety Standard Directive 2013/059/EURATOM
Consultation on the implementation of Directive 2013/59/EURATOM laying down basic safety standards for protection against the dangers arising from exposure to ionising radiation – Occupational health and safety
2018 No. HEALTH AND SAFETY: The Ionising Radiation (Medical Exposure) Regulations 2018
Regulatory Triage Assessment – Department of Health Basic Safety Standard Directive 2013/059/EURATOM
Consultation outcome; Regulations on medical exposure to ionising radiation
Impact Assessment (IA)
Proposals for the Ionising Radiations Regulations (Northern Ireland) 2017
REVISED REQUIREMENTS FOR RADIOLOGICAL PROTECTION
Consultation on the transposition of European Council Directive 2013/59/Euratom (Medical Exposures) in Northern Ireland
EXPLANATORY MEMORANDUM TO THE IONISING RADIATION (MEDICAL EXPOSURE) REGULATIONS 2017, 2017 No. 1322
EXPLANATORY MEMORANDUM TO The Ionising Radiation (Medical Exposure) Regulations (Northern Ireland) 2018SR No.17
Regulatory Triage Assessment – Department of Health: Basic Safety Standard Directive 2013/059/EURATOM

アイルランド

Consultation on Transposition of Council Directive 2013 59 EURATOM
Patient Radiation Protection Manual 2017

ドイツ

濱野 恵.ドイツ放射線防護令

Australia

Radiation Health Committee
Statement on Changes to Occupational Dose Limit for Lens of the Eye
(November 2011)

USA

Subpart C–Occupational Dose Limits
NRC Dose Limits
White Paper: Initiative to Reduce Unnecessary Radiation Exposure from Medical Imaging

IACRS

http://www.iacrs-rp.org/products/iacrs-lens-eye.pdf

モニタリング

Eleftheria Carinou, Merce Ginjaume, Una O’Connor, Renata Kopec and Marta Sans Merce. Status of eye lens radiation dose monitoring in European hospitals
Consequences of european directive 2013/59 on lens dose monitoring of interventional neuroradiology workers
European epidemiological study on radiation-induced lens opacities among interventional cardiologists

補償

J. Broughtona, M.C. Cantoneb, M. Ginjaumec, B. Shaha,R. Czarwinskid. Implications of the implementation of the revised dose limit to the lens of the eye: the view of IRPA professionals
Considerable disparity was found in the following aspects:
current perceptions of future compensation claims related to the new dose limit to the lens of the eye.

NCRP

Lens of Eye Guidance- Next Steps A Stakeholder Workshop on Implementation and Research
Topic 3 Wider Implications of Implementing the Revised Limit
– long term impact on working activities; – changes in Health surveillance; – more claims for compensation

補償?

事後的な線量評価法

A proposed method for retrospective eye dose assessments for the purposes of resolving cataract compensation claims.
VA Programs For Veterans Exposed To Radiation

IRPA

Report of IRPA task group on the impact of the eye lens dose limits
Q16. Are there any circumstances in which you foresee that the introduction of new limits for the workers might lead to more claims for compensation?
IRPA guideline protocol for eye dose monitoring and eye protection of workers

線量限度がしきい値を超えないことを担保しない?

オーストラリア

Statement on Changes to Occupational Dose Limit for Lens of the Eye(November 2011)
The ICRP now considers the threshold for tissue reactions to be an absorbed dose of 0.5 Gy. Based on the new limit for the lens of the eye, this effect threshold could feasibly be reached within a working lifetime. The end point of concern for the eyes is cataract formation. This latest ICRP recommendation, which represents a significant reduction in the occupational dose limit for the lens of the eye from 150 mSv to 20 mSv, has been incorporated into the revised BSS recently published by the IAEA. It is proposed that the revised limit will also be included in the replacement for RPS 1 and hence taken up in Australia.

ICRP

防護が適切であれば、線量限度の引き下げにもかかわらず、しきい値を超える可能性が大きくないとしている。
Clement C. New dose limit for lens of the eye. ICRP, Vienna,2012
Low likelihood of protracted preferential exposure of the lens

規制整備

英国

CD282 – the implementation of Directive 2013/59/EURATOM laying down basic safety standards for protection against the dangers arising from exposure arising to ionising radiation

総説

浜田信行.眼の水晶体に関する生物学・疫学・放射線防護

放射線審議会

意見具申

IARC

チェルノブイリ原発事故

ARCH Technical Report

原発事故後の現存被ばく状況での放射線防護のカテゴリーの記事は、保健福祉職員向け原子力災害後の放射線学習サイトに移行中です。

Deterministic Effects to the Lens of the Eye Following Ionizing Radiation Exposure: Is There Evidence to Support a Reduction in Threshold Dose?

緑内障?

Occupational radiation exposure and glaucoma and macular degeneration in the US radiologic technologists

記事作成日:2010/01/22 最終更新日: 2018/07/12