医療での放射線リスクの理解に向けて

医療での放射線リスクコミュニケーションの課題がまとめられています。

日本保健物理学会の医療放射線リスク専門研究会が報告書(pdf file, 880kB)をまとめたので読みたいと思います。

とてもよくまとめられているので、この分野の勉強をしたい方には最適だと思う。

エンドユーザーにどうアプローチするかが課題なのは、このサイトと同じみたい。
論文の解説スタイルもこのサイトと似ているような気がする。

比較して学んでいただければと思います。

では最初のテーマから。

米国の保健物理学会のステートメント(声明)を考える

「趣旨は、一定の線量(年あたりで50 mSv、生涯線量で100 mSv)以下であればリスク評価の必要がない」とあるけど、原文はどうなっていますか?

In accordance with current knowledge of radiation health risks, the Health Physics Society recommends against quantitative estimation of health risks below an individual dose of 5 rem in one year or a lifetime dose of 10 rem above that received from natural sources.となっておる。

低線量では定量的なリスク推計を推奨しないということだね。
事実上、リスクがゼロと見なせて、どんな介入(=リスクを小さくしようとする努力)も正当ではない(=やることが無駄で他のことに努力を傾けるべき)と言うことかな。

私が敬愛するDさんが指摘しているように、The possibility that health effects might occur at small doses should not be entirely discounted. とあるので、この声明は低線量でのリスクがないとは主張していない。

リスクはあるけど、定量的に推計しないというのは意味が理解できない。
なんだか、これもダブルバインド的なメッセージじゃないかな。
リスクがあるかもしれないけど、それが取るに足りないから気にしないというのもリスク推計だと思うけど。

続けて読むと、
The Health Physics Society also recognizes the practical advantages of the linear, no-threshold hypothesis to the practice of radiation protection. Nonetheless, risk assessment at low doses should focus on establishing a range of health outcomes in the dose range of interest and acknowledge the possibility of zero health effects.
とある。

前半はLNTモデルが実用上有用であると述べている。
後半は低線量でのリスク推計は点推定ではなく区間推定を考え、推計範囲にリスクゼロも含むことを理解しろと言うことか。
でも、そもそもリスク推計は不確かさを含むものだから、区間推定でしか与えられないし(不確かさを考慮しないリスク推定に意味はない)、低線量ではリスクがマイナスかもしれないから、リスクの推計区間にゼロを含むのは、リスク推計上、当たり前だと思うけど。

確かに論理が追えない。
リスク推計の思い描いているイメージがヒトによって異なるのかもしれない(?)。

定義をきちんとしないと議論できないんじゃないかな。

この続きはThese assessments can be used to inform decision making with respect to cleanup of sites contaminated with radioactive material, disposition of slightly radioactive material, transport of radioactive material, etc.
となっておる。

放射線診療での臨床意志決定にも、この情報を使うとすると、「リスク評価の必要がない」という話ではなく、リスク推計を活用しようというメッセージじゃないかと思えてしまう。

Aさんは、この声明に反対の立場でディベートに参加されているが、「5) 低線量域でもリスクを推定し、その不確かさ(誤差)とともに示すべきである。」とあるのは、声明でも述べられておることじゃ。

声明に賛成の立場でディベートに参加されたBさんの前提として示された意見はどうですか?

「小さな線量による小さなリスクが否定されている訳ではないことを明確にし、線量低減の努力の必要性を示しておく」ためには、どの程度の努力が正当であるかを示す必要があるから、やはりリスク(低減効果)推計が必要となりそうじゃ。

「行為の正当化(適用の必要性判断)が確実に行われている」ためにも、リスク推計が必要そうだね。
で、この声明の利用法として、「生涯線量を念頭に置きながら」とあるのは、
「繰り返し受けた検査の放射線の量を合計してリスクを考えることの意義は乏しい。」の記事を読んでもらうのがよいのではないかな。

Bさんは、「問題となる患者、IVR や放射線治療等、リスク管理が必要な患者とその他の患者を区別して、リスク評価等を行っていく。」と述べられておるが、特別なリスク管理の対象を選別するプロセスにもここでそう述べられているようにリスクを推計することが前提になっているように見受けられる。

Cさんの「小児のCT 検査で20 mSv 程度の検査を繰り返し実施した場合でも、積算の必要がない」かどうかは、 繰り返し行うことが想定されるのであれば、ある程度のシリーズで考えて最適化を目指すの記事を読んでもらうのがよいかもしれないね。
それに対するBさんのお答えは、「小児のCT 検査で20 mSv 程度の検査を繰り返し実施」して「生涯線量が10 レムを超えることが予想される場合には、「通常ではない放射線診療」として、フォローが必要」だそうですが、フォローアップするかしないかは、どうやって考えるのがよいのかなあ。

フォローアップする場合としない場合を比較して、フォローアップした方がよりアウトカムがよいのであれば、フォローアップすればよいのではないじゃろか。

フォローアップ研究をすべきかどうかは、 インパクト推計して考えればよいというのと通じそうですね。

もっとも、あんまりこの戦略にこだわっていると、君は合理性に殉じられるのかと功利主義の弱点をディベートで突かれるのでほどほどにしておいた方がよいかもしれない。

と言う訳でここでの議論は座長のまとめに集約されそうだね。

以前のクラーク提案と同じ「少ない線量に対する社会の不安への一つの対策として考え出された提案」であり、リスクリテラシーをどう向上させるかに帰着するお話ではないじゃろか。

医療での放射線リスクをどう扱うか

次はというか最後は、放射線診療での放射線リスクとの付き合い方が議論されています。
Cさんから「その反面、放射線科医師は新人の医師のCT 検査の内容に懸念を抱いている状況」という発言がありました。
検査のオーダーが妥当かどうかというお話ですが、どのような対策が考えられますか?

米国での MEDICARE IMAGING DEMONSTRATIONの記事が参考になるかもしれない。

「内心では放射線に不安を感じていながら、相手を安心させようというのは無理な話ですし」とあるのは、 優勢反応とも考えられそうですね。
問題意識の一つは「では「問題ない」と発する圧倒的な理由は、確率的影響を理解してもらうことが困難だと判断しているからです。そして説明する側も説明のノウハウを心得ていないからだと思います。」に集約されそうだ。

どのように説明すればよいかは、リスクコミュニケーションの一面に過ぎないかもしれないが、それに正面から向き合う図書が、最近、出版されているので、イメージは変わっていくのではないじゃろか。

日本循環器学会のガイドラインのインパクトが浸透しつつあるのかもしれない。
「LNT が正しいとか誤りだとか、そんな議論に終始して」とあるのは、最近、聞かれる議論ですね。
どうでもよいことではなくて、役立つ議論をすべきだと思う。

「CT を受けたことによって、遠い将来がんになるかもしれない、ならないかもしれない。それがどの程度確からしいのか」という情報を放射線診療に役立てるにはどうすればよいかが課題になりそうじゃ。

座長の最後のまとめと同じ話になりそうですね。

医療での放射線利用に安全性に対して、誰もが患者等の健康を願い、結果として社会に対し様々な発言をする状況になっている。
こうした状況に関する論点を整理し、医療関係者のなすべきこと、放射線防護の専門家がなすべきことを提言したことで、さまざまな関係者の活動のベクトルを揃える土台を作ったと高く評価できる報告書であると思う。

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報告書のポイント紹介

3.1. 争点は何か

患者に確定的影響(組織反応)が現れる可能性がある医療行為は、放射線治療と長時間の透視を必要とするIVR のみである。
Perfusion CTでも事例が知られている。
灌流画像検査法(perfusion CT imaging)での過剰照射例
放射線防護の前提として、確率的影響にはしきい線量がなく、どんなに低い線量であってもその発生率はゼロではないとされているからである。
小さい線量ではリスクも小さいと言うこと。
人々がゼロリスクを求めているというのは錯覚。
確率的影響にしきい線量がないという仮定の是非については、従前より論争が絶えない。放射線に関わる専門家の間でも、半ばドグマとして受け入れる者がいる一方で、科学的には誤りであると考えている者も少なくない。
LNTが真実かどうかは、リスク認知などには影響を与えず、ほとんど、どうでもよいお話。
とくに医療被ばくには線量限度が適用されないため、どちらの立場を取るかによって対応が根本的に変わってしまう。どんなに低い線量でもリスクはゼロではないとするならば、検査の適用や照射範囲・条件に関して、慎重な判断が必要ということになる。
検査を行うかどうかは、放射線リスク以外の要因に対してそれなりの吟味が必要。
逆に、確率的影響にも実際にはしきい線量があると考える立場からは、現状の防護体系ならびにリスク評価は検査を不当に制限することになりかねず、患者の不安を助長するだけだと映る。
しきい線量がなくても、小さいな線量でのリスクが小さいことには変わりがない(後段でも議論がある)。

3.3.2. リスクの知覚と表現方法

実際、先のオックスフォード大学グループの論文は、医療関係者を少なからず混乱させた。また、何であれ数値を示す場合には、数字が一人歩きしないよう注意することが重要である。リスク評価の目的は数字を出すことではなく、影響の大きさを見積もることであるから、全体の脈絡から外れて特定の数値のみが取り沙汰されることは好ましくない。とくに不確実性に関わる情報が欠落してしまうと、結果が誤って解釈されてしまうおそれがある。
小さなリスクの認知で混乱している例
心臓CTを受けた患者はどんどん乳がんを発症してしまうのでしょうか?

出典

日本保健物理学会 医療放射線リスク専門研究会報告書(pdf file, 880kB)


RADIATION RISK IN PERSPECTIVE(pdf file, 28kB)


POSITION STATEMENT OF THE HEALTH PHYSICS SOCIETY

関連図書

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患者さん・妊婦さんの疑問にどう答えるか
(日本放射線公衆安全学会)

「文芸春秋」2010年11月号(144-152頁)に掲載された近藤誠『衝撃レポート:CT検査でがんになる』の関連記事

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理研

和光市三団地協議会の質問状

ICRP 第三委員会のトピックス例

Radiological protection of individual patients receiving high cumulative doses

実効線量とリスク

Harrison JD, Haylock RGE, Jansen JTM, Zhang W, Wakeford R. Effective doses and risks from medical diagnostic x-ray examinations for male and female patients from childhood to old age. J Radiol Prot. 2023 Mar 14;43(1). doi: 10.1088/1361-6498/acbda7. PMID: 36808910.

記事作成日:2010/08/13 最終更新日: 2023/07/26