用語 り/R

リスク比較
Risk comparison

重要な注意点

リスク認知は主観的

公平性、自発性、信頼はいずれも社会正義に関わる事柄

これらに関わる感情には個人心理の問題に留まらない社会的意味がある

公平性は社会的不平等に関することであり、自発性は自己決定権という権利問題

人工性とは人為性の言い換えであり、リスクや発生した被害に対して関係者が負う「責任」 の問題を含意

信頼も社会を成り立たせる重要な要素

したがって、リスクの科学的な理解を重視するあまり、これらの社会的・規範的な問題を単に「感情的」で「誤った」リスク認識の要因として扱うことは、リスクコミュニケー ションやリスク管理で対応すべき重大な問題に背を向けることになる

出典情報

文部科学省 安全・安心科学技術及び社会連携委員会「リスクコミュニケーションの推進方策」(平成26年03月)

この資料の限界

日本で定量的に検証された結果ではありません(村上 2017)。リスク認知は主観的なもので背景にも依存しますので、これが必ずはてはまるとは限りません。これまでの経験では、トレードオフを考えるとき(公平性を踏まえて考えることが共通認識される必要がある)に判断したい側から提示された比較対象リスクについて情報を提示することが受け入れられています。

リスクのランク内容
第1ランク最も受け入れられる比較‐時期が異なる同一のリスクの比較
‐基準との比較
‐同一リスクに対する異なる評価の比較
第2ランク望ましさの劣る比較‐何かを行うリスクと、それを行わないことの比較
‐同一の問題に対する異なる解決策間の比較
‐他の場所で起こった同一のリスクとの比較
第3ランク更に劣る比較‐平均的リスクと特定の時期や場所における最大のリスクとの間の比較
‐ある悪影響を及ぼす一つの源泉に起因するリスクと、同一の影響を及ぼす全ての源泉に起因するリスクの比較
第4ランク僅かにしか受け入れられない比較‐コストとの比較、あるいはコスト/リスク比での比較
‐リスクと便益との比較
‐職業リスクと環境リスクの比較 ‐同一の源泉に起因する他のリスクとの比較
‐同一の病気や怪我をもたらす他の特定原因との比較
第5ランクほとんど受け入れられない比較‐関係の無いリスクとの比較(原子力と、喫煙、車の運転、落雷などを比較すること)

出典:Covello VT, Sandman PM, Slovic P. Risk Communication,Risk Statistics,and Risk Comparisons: A manual for Plant Managers. Chemical Manufacturers Association. Washington, D.C., 1989

比べないと量がつかめないが、比べることは押しつけられない

   
母親 リスクの程度は何かと比べないとよく分からない…
エミ 何かと比べて、このリスクが小さいと言われても、納得しがたいものが残ります…
アオイ 比べる以前の問題ですね

リスク認知は主観的

   
母親 リスク・ゼロがないのは当たり前だと思うけど、リスクを確率でだけで比較するのは何かが違うと思う…
エミ リスクをどう感じるかは主観的なもので人それぞれですね
アオイ 小さいリスクをことさら強調するのをアンフェアだと思いたくなる気持ちも当然だと思います

不安を持つのは当然

   
母親 人間、合理的に判断できるものだろか…
エミ 不安も大切な感情で、それを否定すればよいとはならないと思う
アオイ その一方で、小さいリスクに対して、色々考えて、強い不安を感じなくなるのも健全だと思う

小さいリスクは無視したい気持ちも当然

   
母親 倫理的な問題は難しい…
エミ 倫理的な課題にも単純な正解はないので、それぞれの倫理的な立場の特性を考慮して考えるしかないのでは…
アオイ 気持ちの問題に配慮しつつ、定量的に考えたい方に役立つ情報を提供できればと思います

原子力事故の特性を考慮した対応?

 文部科学省の安全・安心科学技術及び社会連携委員会では、平成26年03月に「リスクコミュニケーションの推進方策」 をとりまとめた。また、独立行政法人 科学技術振興機構科学コミュニケーションセンターでは、同じく平成26年3月に「リスクコミュニケーション事例調査報告書」 をとりまとめた。これらは、リスク・コミュニケーションの標準的な指針になると考えられ、この研究班での取り組みも、これらの考え方に沿ったものとなっている。
 この報告書では、リスク認知の主観性を扱った議論で、「しかし公平性、自発性、信頼はいずれも社会正義に関わる事柄であり、これらに関わる 感情には個人心理の問題に留まらない社会的意味がある。公平性は社会的不平等に関することであり、自発性は自己決定権という権利問題である。他にも上に列挙したものでは、 人工性とは人為性の言い換えであり、リスクや発生した被害に対して関係者が負う「責任」 の問題を含意している。信頼も社会を成り立たせる重要な要素である。
したがって、リスクの科学的な理解を重視するあまり、これらの社会的・規範的な問題を単に「感情的」で「誤った」リスク認識の要因として扱うことは、リスクコミュニケー ションやリスク管理で対応すべき重大な問題に背を向けることになる。とくにリスクが事件化・社会問題化し、人々がリスクにさらされていると強く認識しているクライシスの状況では、人々は社会的・規範的問題に敏感になっており、社会的・規範的な側面での違いを無視して確率論的な見方のみでリスクの比較を行うことは、人々の不満や怒りをまねきかねない。たとえば原子力発電所の事故にともなう放射線被ばくのリスクを、レントゲン撮影や CT スキャンのように診断・治療に役立ち、自分で受け容れられるかどうか決められる医療被ばくのリスクと比較することは、リスクと引き換えの便益や自己決定の有無の違いを無視したものとして問題視されやすい。また「問題となっているリスクは〇〇のリスクよりも小さい」といった説明は、当該のリスクの定量的な把握を人々に促すためであっても、「○○より小さいリスクなのだから受け容れよ」という押しつけと受け止められやすい。」とあり、この原子力事故の特性を考慮した対応が求められると考えられる。現場での課題は、この原子力事故の特性がもたらしたものと考えられるので、以下でその対応を考えたい。

現場での問題の構造

 福島県での保育士研修では、以下のような意見も見られた。

  • (再び含まれる放射性物質の量が増えているかもしれないと考えて)土の入れ替えをするかどうかは、絶対にこれが正しいという正解がないとのことですが、○か×なのか、はっきりした答えが欲しかった。
  • 保護者に理解を得られるような説明の仕方を具体的に教えて欲しい。

 このような意見は様々な背景があると考えられ、それぞれの背景に応じた対応が必要になる。まずご自身が納得できることが大切であると考えられる場合もあるだろう。根本的な不公平感や信頼感の欠如が根底にあるとも考えられるだろう。
 これに対しては、それぞれの園の取り組みで正解であり、安全上、問題があれば行政が介入することや、理解を得るには決定プロセスの工夫が有効であること、保育士に求められるのは保護者との信頼関係作りであり、負担を抱え込まないようにすべきであることを説明した。
 人々の気持ちを整理する手法として、地域の人材を活用した行政でのチーム対応が効果を上げているが、それを実現するためには環境整備も必要になる。また、懸念されていることを継続的に誰かに尋ねるようにしておくことも有用であろう。

リスクを定量的に示すことの試行結果

 倫理的な側面からも不公平感を確認した上での対応として、余命損失を取り入れて地域の人々と考えた事例を紹介したい。この試みは、原子力文化財団の助成事業として実施され、募集に対して応募あった福島県内の6箇所の保育所および幼稚園(福島市、伊達市、いわき市、喜多方市)で2015年2月に実施されたものである。参加したのは保護者51名と保育所および幼稚園の職員17名であった。事業評価を行うために学習会の前後に質問紙が配布された。 学習会前の質問紙では、このまま住み続けることに4割が、不安があると回答した。昨年度の厚労科研(特別研究)で検討された余命損失を用いて、放射線リスクの大きさを提示したプレゼンテーションは約9割が理解できたと回答し、約8割は内容が正しいと思うと回答した。一方、3%は内容が理解できず、1%は内容が正しくないと回答した。
 学習会前は15%が放射線の心配のために(水道水中の放射性セシウム濃度はmBq/lオーダーとなっている)水道水を飲用していないと回答したが、学習会後は水道水を避けたいと回答したのは3%と低下した(p=0.03)。
 余命損失を用いた放射線リスクの大きさの提示は、リスク推計の不確かさを無視しているという大きな欠点がある。また、提示法によっては、リスクの押し付けと受け止められ大きな反発を受けるだろう。事実、この試みに強く反発した一人の参加者は、公平性が損なわれかねないことを危惧しておられた。
 環境経済学の手法を用いた昨年度の検討は、個人の選択の支援として使うことを想定しており、より前提条件が複雑になるような社会での意志決定に用いることは想定していないが、そのような限界を超えて適用しているのではないかとの疑念をもたらすことが当然あるだろう。その一方で、リスクを取ることを選択した方には好評であった。
 このことは、傷ついている誰かを支えようとする言説が、他の誰かを深く傷つけてしまうジレンマを示すものでもある。この限界は超えられないので、それを自覚して取り組む必要がある。

参考資料等

リスクランキング

United Nations University – Institute for Environment and Human Security

World Risk Report 2014

疾病負担分析

WHO

環境リスクによる疾病負担分析

自然放射線リスクとの比較例

Calculation of Background Lifetime Risk of Cancer Mortality in Japan

課題

(日本と異なり)海外では高自然放射線地域では放射線防護対策がなされている状況にあります。

リスク認知

木下 冨雄.リスク認知の構造とその国際比較 The Structure of Risk Perception and its Cultural Difference

リスク推定

日本保健物理学会

プレスリリース『放射線被ばくのリスク推定に利用できるコンピュータプログラムを公開』~オープンソースにより計算方法を広く専門家間で共有~(2023-06-26)



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更新日:2023年06月30日 
登録日:2015年03月24日 

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